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つぶやき

とくに意味もなく日常的な何かをつぶやきます

2015年5月10日 (日)

ゴールデンウイーク終わったな〜

(ただの呟きで中身は何もないです)

今回の休みはめちゃくちゃ長かったきがするなー












うーむ。。

何にもやってない気がしてたけど、、写真みると、そんなこともなかったなーってわかります。

亡国のアキトも見てきたし。

最後の写真は富士山の天然氷を使ったかき氷です。かなり美味かった!

それにしても、身体がボロボロになってるので明日までになんとかしたい^^;

さ、、早めに風呂入って寝よ

2015年5月 9日 (土)

近況:かき氷うまうま




先日バイトのついでにいってきました!

富士河口湖町の富士山麓の天然氷のかき氷を食べさせてくれるお店。

美味かったのでまた行こうっと!

2015年5月 6日 (水)

『亡国のアキト 三章 』感想と、ここ二日間の出来事についての雑記。

コードギアス亡国のアキト 第3章 『輝くもの天より堕つ』みてきたー!

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先ほど5/6 19:30に新宿バルト9でみおえて。19:50現在は山梨への帰路についております。

今回二日間かけてやったのが

・東京ゲームマーケット初参加
・うどん日本一決定戦で五島うどん食べる
・友達と飲み
・伊豆で初めて体験ダイビング
・別の友達に顔を見せにいってご挨拶
・コードギアス映画鑑賞

です。

これでぼくの東京ミッションコンプリートですよ〜

よかったー。せっかく東京まで出るんだから効率良くイベントこなしたいですからね。

特に亡国のアキトは5日の空き時間で観れなかったのでムリだと覚悟してたんですよね。池袋で5時から見ようと思ったら満席だったんですよ^^;

運良くダイビングの帰路がスムーズだったから映画観る時間ができた。よかったー。

今回の二日間は中々に密度が濃かったです。個人的には飲みとダイビングで最低限ライン以上は満足度は確保してたんですけどね。トドメのアキトが予想より素晴らしくて満足満足。

映画も満足したけど、分析して語ることはいまのところないかなー。

ルルーシュとスザク活躍しすぎだろうとか感想はあるけどね。ランスロットがめちゃくちゃ格好良くてヤバかった。見てるだけで幸せになれる戦闘描写があった。

あんなにロボットってヌルヌル動くんですね。格好いいよなー。あのレベルの画が1,200円で観れるんだから凄いよね。

まぁ、ジプシーの一団と混ぜて幸せなひと時を描くってテンプレだよなぁ、とは思いましたけどね。でも面白い。

描写が綺麗だからどうしようもないです。今後出てこないだろうって婆ちゃんたちもキャラ立ってたし。

幸せなスピンオフですね。

ところで最近思うのが、スピンオフの良さと限界ってやつです。

良さは例えば亡国のアキトみたいなやつですよね。視聴者の快楽を満たして世界観を広げてくれる作品。

限界は攻殻機動隊やパトレイバーだと思うんですよ。あと、フェイト・ゼロも入るかもしれない。

これらの映像化・作品は基本的に面白いんですよね。攻殻機動隊ariseだって最後まで観ると充分に面白かった。しかしこれらの作品にはオリジナルを超えてはいけないという制約がかけられてしまう。

作品のたどり着いた到達点を崩すわけにはいかないから当たり前といえば当たり前なんだけど。だけど勿体ないなーって感じる部分はあります。

次のテーマをその作品で描けない問題がある。

攻殻機動隊は原作が三巻程度しか出てないわけですよね。そこから描いた世界観としては今の攻殻って壮大だとは思う一方、これ以上彫り込むことの出来ないだろう辛さは見てて感じる。

次のテーマを描けないって問題を見てると、作品が新しく作られて行くのは正義なんじゃないかな、と思う。

現在はニコニコの動画みたいに既存のものの組み合わせで新たなものを創り出す文化がある。しかしそこには良悪が隠れているように思う。まだうまく言葉にならないのだけど思うことはあります。

同じようなテーマで作品をやるにしても初音ミクを使うのとMADには違いがあるように感じる。

うーむ。……ちょっとこの話はおいておきます。

久しぶりにまとまり無く書こうかなって思ってる。ちょっと話を戻しましょう。

そこで新たな作品のテーマは新たな作品で示すしかないんだろうな。それが現実的なのだと思う。

もちろん新たなテーマの可能性を示した作品で『次』を描けるならそれでもいい。しかし実際はムリなことが多い。

期待できることではない。

エヴァやガンダム、ジブリとかは例外的なものがある。

たとえば攻殻機動隊はネットの未来と人の可能性を描いた。神山監督はこの作品に意志を仮託してスタンド・アローンの概念を示している。しかしこの仮託では答えを描けないのではないかと思う。

なぜなら原作の素子はネットの海に浮遊する存在になることが決定してる。スタンド・アローンな意識と社会の結末は描かれていない。問題点を解決したら素子がネットの海に行く神秘性が失われてしまうかもしれない。

ある作品の抱えるテーマを解体していく行為は神秘を解明していくことに近い。作品の唯一性がなくなって相対化してしまうことになる。

天にある作品を地に堕とすことは良しとはしないんじゃないかな。

オリジナルを超えたテーマの作品を作っていけない問題点がスピンオフにはある。

そのため、新たなテーマを描きたいなら似ててもいいから異なる新しい世界を描くしかないのかもしれない。サイコパス2を見たときにも同じことを思った。テーマとしては攻殻機動隊の類型な側面もある。民衆がシビラというシステムを選んでしまったときにどうするのか。これは攻殻機動隊で描いてる民衆が悪であるときにどうするのかという問題点とも被る。

似て非なるものだからこそ先が描けるのかも。

スピンオフ見ててふとそんなことをツラツラ考えてみました。

そろそろ山梨に着くかも。

二日間楽しかった!

(5/6 てれびん 著)

2015年5月 5日 (火)

Web漫画『彼女の彼氏を募集してます』を見てたら『彼氏彼女の事情』を思い出したって話。心の闇の問題はいま何処にあるんだろ?

ゴールデンウイークなのに毎日大学に行ってます。出会うのは男ばかりという連休は如何なものだろう。あまり健全ではない気もするけど、気づいたらこうなってました。行動パターンの構築って恐ろしいですね……(遠い目)

さて、本日5日はぼく東京にいます。

友達に誘われて6日にダイビング行ってくる予定なんだよね。5日夜に東京出発。

ダイビングって初めてだから楽しみなの半分、不安と面倒くささ半分という中々に複雑な内面です。まあ、東京に移動し始めてしまった現在は楽しみなのが強くなってますけどね!

結局、やると決めて動くまでが難関なのだ。

この記事もそうです。この前書きのところだけで実は2日もかかってる。本編に入れば一気に書き上げる一方、本編入る前はめちゃくちゃ時間がかかる。

言いたいことだけ言えば楽なんだけど、それだと(自分も含めて)皆がわからないし……^^;

ツイッターのつぶやきみたいに「おお」とか「なるほど」だけで記事構成するわけにもいかないよね。

ところで今日はこの漫画を紹介してみたいと思ってます。

彼女の彼氏を募集します! 少年ジャンプルーキー

http://t.co/MAXQCNyuB5


少年ジャンプが作ってる素人投稿サイトに登録されてる漫画を読んでたら見つけました。たまにはラブコメ読みたいなーってしてたら、おおこれはいいなと。

内容はタイトルですぐにわかりますよね。

彼女の彼氏を募集します。

いじめっ子な彼女に耐えかねて主人公が別れを切り出したところ、代わりの彼氏を連れて来れば別れてもいいよと言われる話。

文章にすると重々しい感じですが内容はかなりライトです。ポチポチ気軽に読める。

読みながらこの話は何処に落とし込むんだろうって思いながら読んでました。

この話って結論はふたつしかないだろうなって思ってたんですよね。

ひとつは彼女と彼氏が元の鞘に収まる。

もうひとつは彼女と彼氏が別の相手とくっつく。

八割方は前者のパターンだけど、二割くらいは後者もあると思ってた。コメディだからさすがに後味悪い終わりはしないだろうと思うと、このふたつのどちらかだと思ってたんですよね。

結論は、前者の彼女と彼氏が元の鞘に収まる、だったわけですが。しかし後者の可能性も十分残されていた。

考えてみると、これって少女漫画の構図なんですよね。

魅力的な相手を複数だした上で理想の相手を選ぶ方法論です。

また、元の鞘に収める方法論も少女漫画は何十年も研鑽を積んでいる。

ぼくがこの漫画を読んで思い出すのが『彼氏彼女の事情』です。どちらの作品も略称がカレカノ。

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どちらのカレカノも同じような構造でつくられています。

どちらも彼氏と彼女にはそれぞれ悩みや問題があるんですね。彼氏彼女の事情でいうなら有馬くんは父母に捨てられた孤独と解消出来ない心の闇があり、雪野ちゃんには見栄をはりたいから内面を押し出せない問題があった。

共に並外れた才能があるからこそ自分を完璧に隠して生きてこれたふたりが惹かれあう。

もう一方のカレカノも類似しているところがある。

人の心を慮るのが苦手でかつて問題を起こしてしまった少女と、人の心をわかってしまうが故に誘拐事件に巻き込まれた少年が互いをわかりあうストーリーになっている。互いに似たような心の闇を持っているから惹かれあう構造です。

面白いなと思ったのが、互いのストーリーともに、一方の主人公の心の闇が解消されるともう一方はより孤独を感じてしまう点である。

この辺の話は、彼氏彼女の事情の劇中劇『鋼の雪』が端的に表現している部分がある。

当たり前の話なんですが、孤独を癒すには友達もしくは恋人が必要だって話なんですよね。とくにその相手は自分を引き降ろすような相手ではダメなんだってこと。

そうしないと本質的には解消されないんだと思います。そうしないと互いに不幸を見つめ合うことになる。

そこに退廃的な美しさはあるけど明るい未来は見えてこない気がする。

エロ漫画とか見てるとたまにあるのが、真面目な少年を大学の先輩たちが自堕落な生活に引き落とすという話。彼らには心の闇はないから「ドンマイ」としか思わないわけだけど、もし、彼らが心の闇を抱えてる物語ならきついなーって思う。特に大学八年生とかの先輩がでてくるとキツイ。おそらくこの後に放校になって苦労するんだろうなぁってのが見えてくる。

もちろん現実では、その先にも明るい未来はあるかもしれない。お金がなければ暮らせないから、一念発起してコンビニ・マクドバイトから正社員目指すってこともありうる。

でも、確率的には分の悪い勝負になってくるよなーとは思います。

と、話がズレてきました。

物語というのは、ある条件や事象で起こりうる出来事を拡大・抽象化してわかりやすくしたものだって側面がある。

そういう風に見ていくと、ふたつのカレカノは『内面の問題を解消するとより高確率で(自分を不幸と思わず)幸せになれるよ』って物語を描いてる。

なんか、少年漫画系のサイトでこういう作品みるのってあまりなかった気がしてつい紹介してしまった。

ジャンプルーキーの方のカレカノは別ストーリーで相手のことが好きでしょうがなくて彼の守護天使(ストーカー)になってしまった少女の物語をやるらしい。別離の物語って書いてあった。

カレカノの方が、互いに高め合って心の闇を晴らして幸せになるって話をやってるから、守護天使の方は、相手を高めることができないと相手を幸せに出来ない(心の闇を晴らせなくて退廃的になってく)と気づいて離れてくという話をやるのかなぁ。

こういうテーマの話って最近あまり見ないから完成度あげると凄いカタルシス生む気がするんですよね。

けっこう面白かったので、続きが読めるなら楽しみです。

そんなことをツラツラ書いてたら東京についたので、以上!

(5/5 てれびん 著)

2015年5月 2日 (土)

反知性主義……うむん??

ペトロニウスさんや海燕さんの面白いと言っていた反知性主義に関するインタビュー記事を読んでみました。

"アメリカを動かす「反知性主義」の正体:日経ビジネスオンライン"
http://t.co/hz6y3DBsHy

面白かった。しかし、まだよくわからないなー、ってところ。

反知性主義がよくわかってないんだろうな

インタビューを読んでいると、どうやら反知性主義の言論には信仰には権威や知性は必要条件ではない、帰依する心が大事なのだと言ってるようにみえる。

本当にこの理解であってるかわからないけどね。パッと見はそう読めました。

とはいえ、、よくわからない。

この思想に纏わるあれやこれやを考えると、、よくわからないなー、ってなる。。

まだ反知性主義にまつわる周辺概念を掴めてないから、なにがわからないか漠然としてる感じ。とりあえず記録までに。

うーゆ

(5/2 てれびん 著)

2015年4月29日 (水)

寄生獣 完結編 みてきました

体力がなくて記事書く根性がないので、見ました〜ってだけご報告。

あまり語ることがないんですよね。語ることなら原作のほうが明らかに多い。しかし原作とは全然違う構成なのに見応えにそれほど違和感がない。やはり才能ある監督なんだろうなとは思います。

大傑作というわけではないけど、それなりに楽しめたかな。まあ、ぼくとしては前編のほうが好きかも。良くも悪くも後編はわかりやすいのが辛いですね。寄生獣との最期の戦いを放射物廃棄施設にしたのも良いような悪いような…。

原作読んでいって違いを楽しむのがベターだと思います。

(4/28 てれびん著)

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2015年4月27日 (月)

超会議から帰って思うこと

はふー

身体が怠いです。ニコニコ超会議楽しかったけど、割とハードだったらしい。

月曜にこの状態は辛いです。

土曜日の朝7時に出て、日曜日の夜7時に帰ってきたんだからハードといえばハードですね。

しかも間に映画『セッション』をみて記事をあげて、さらに深夜まで海燕さんとこの戦場感覚LINEで遊んでた。しかも泊まったところは鍵のかからないタイプのカプセルホテル。なんかあるかもと気疲れありました。

……あ、書いてて気づいた。これは疲れるわ。

さて、何かきましょうか。

当日のルポでも書いたら良いんでしょうが、別に語りたいことがあるわけでもないですしねぇ……

歌ってみたとか有名コンテンツに詳しければよかったんだけど。こういう所にくると、もうちょっと彼方此方の分野に友達がいればなぁって思います。最近自分の知らない分野に飛び込む努を力してこなかった後悔がありますね。

残念。

刀剣乱舞とかも面白そうなことやってたみたい。ゲーム以外にどんな広がり方をしてるのは知らないんだけど。知ってれば見に行けたのにな。

他にもAI関連とかコスプレとか相撲とかいろいろあった。

こういうときに内気な自分が出ますね。もっとアクティブに行ければ面白いのか……(悩み)

とは言っても出会いがなかったわけではない。

15年ぶりに会った友達が企業サイドで参加してた。いやあ、驚いた。まさかニコニコ超会議で会うとは。

ぼくにはぼくの人生があって、彼には彼の人生があったのだなぁ。シミジミ。

ちなみに超会議の生放送が終わった後は、みんなでごはん食べて早々にお別れしましたよ。ぼくは山梨のバスが5時くらいだったからね。ほかのみんなも案外遠いし。

全体的にみると終わるのが残念なくらい楽しかった。

今回は感想というより今徒然なるままに書いてしまった。まとまりない。まあ、仕方がない。

そして最後に、感謝をば。

今回ラジオを聞きに来てくださった皆様ありがとうございます。聞きに来たかったけど無理だったという皆様は次の機会(何時かはわからないけど)によろしくお願い申し上げます。

ぼくは偶に東京とか静岡とか山梨以外にちょこちょこいます。気が向いたら声でもかけてください。

あと、また今回みたいな後悔を抱かないためにてれびんの知らなそうな分野を暇なときに教えてやるという方。是非教えてくださいな。コミケもニコニコも知らない分野は楽しみ方わかりません。

メールなり@terebinnにご連絡くだされば幸いです(そんな人いないかもしれないけど言ってみるスタンス)

ちなみに、ぼくは5/5も東京行く予定らしいですね。夜に東京からバスに乗って何処かに行くらしい。昼間とか暇になりそう。

ではでは。また次の記事で。(書いてる途中だけど完成するかわからないので、なんの記事書いてるかは言わないよ)

2015年4月25日 (土)

映画『セッション』はテニプリと同じありえへん音楽映画である。しかし、テニプリはテニス人口を増やしたがセッションはジャズ人口を減らすのかもしれない。セッションとは何だったのか

セッション

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ノラネコさんの批評raneko22.blog29.fc2.com/blog-entry-824.htmlを見て、映画『セッション』をみてきました。

折角東京に来たのだから山梨ではやっていない映画を見たいというのが人情でしょう。空き時間を如何に過ごすかで人生のクオリティオブライフは変わって来るのですよ。戯言なんですが。

さて映画『セッション』ですが、僕としては「コ、コメントしづれ〜」というのが正直なところ。

まず、大前提としてこの映画が「面白い」というのは確かです。全く見たことのない映画だ。戸塚ヨットスクール式熱血音楽指導とでも言えばいい。

異常なまでの熱が潜んでいる作品なんです。

しかし、その熱に対してコメントする言葉がない。何故コメントする言葉がないかというと、この映画を作られた理由が個人的経験の昇華にあるからだとぼくはみている。

本作では、過剰と言われるようなシゴキが行われる。音楽大学の教授フレッチャーは全米一のジャズチームを指導してる人物だ。そして、その指導は苛烈を極める。才能を感じられる若者を連れてきては偏執的とも言えるハートマン軍曹式熱血指導を行う。

相手の人格攻撃は基本だ。ミスがなくても怒鳴る。ミスがあれば更に怒鳴る。ありとあらゆる手段で若者の精神を削っていく。狂的なまでの人格矯正指導に耐え兼ねて自殺するものもいるほどだ。

そのフレッチャーが新たに選ぶのが主役のニーマンというドラマーだ。フレッチャーはニーマンを抜擢し、ひたすら厳しく指導をする。愛はない。ひたすら厳しく指導するだけだ。

フレッチャーの目指すのは見果てぬ夢だ。

本作において、フレッチャーはニーマンに自分は天才を産み出したいのだと語る。ありとあらゆる理不尽に耐え自らの限界を超えて後世までに語られる天才を産み出したいという趣旨を語るのだ。

フレッチャーの、そして後にニーマンの目指すのは第二のチャーリー・バード・パーカーである。ありとあらゆる理不尽を超えて音楽を後世に残していく大天才だ。

確かに見果てぬ夢だ。

幾つかの映画批評ブログでは、本作は音楽映画というよりボクシング映画に近いと語られている。ぼくもそこに同意する部分はある。理不尽こそが強い人間性を作り上げる不合理のメソッドがそこにはある。

これをもって音楽世界において一流となるのは如何に過酷なのかと語ることはできる。この厳しい姿勢にたいして尊敬をもって見ようということもできる。

しかし僕はそこには反論したい。

騙されるな。勘違いするなと言いたい。

繰り返すが、本作は面白い。しかしこの面白さは現実の過酷さにあるからではない。理不尽を乗り越えて超人になるから面白いのでもない。

本作が面白い理由は作り手の内面の吐露と激情がマッチしたから面白いのだ。

今回は面白さを議論する場ではないので面白さとは何なのかを議論するのは置いておこう。もし気になるなら明日4/26のニコニコ超会議の海燕さんのニコ生がそのテーマらしいので見てみると良いかもしれない。

今回は面白さには様々な要素があること。そして内面を吐露されることは「面白さを含有している」ことだけ語れれば良いと思う。

その観点からいうなら、今回の面白さは個人的体験を前提にしてるのだろう。シゴキに耐えきって成功を掴んだ人は共感しやすい部分もあるかもしれない。

しかし、本作はそれだけではないと思う。成功体験を語ってるわけでもないのだ。ぼくは先ほどこの作品は見果てぬ夢を描いてると語った。本作の理不尽体験は作り手の経験に依るものだとは思う。しかしその理不尽体験は実を結ばなかったのだろう。

シゴキに耐えることと成功は本質的には関係がない。ぼくは努力を否定しているわけではない。努力は大いにしたら良い。努力は確かに成功する確率をあげるだろう。しかし努力しても報われないこともある。理不尽だ。

そういう理不尽な体験をした時に人に出来るのはその無駄を受け入れることと昇華することのどちらかである。

本作は作品を作ることで昇華をしようとしたのだろう。そして、作っているうちに自分がもし諦めなかったら何処に辿り着けたのかが見えてしまったのかもしれない。

作り手の見えた果てはニーマンとフレッチャーの対幻想の果てと同じだ。ニーマンとフレッチャーは最終的にカーネギーホールで一流の演奏家と演奏する。しかし、作品をみている僕たちにはその場がカーネギーホールには見えない。そして演奏している者も一流の演奏家と見ることはできない。

作り手の体験を無意味にしないための儀式と現実がコラボレーションした結果の姿である。

別の観点からも似たようなものがみてとれる。

先ほど、騙されるな。勘違いするなと語った。

本作のすべてを信用してはいけないとぼくは言いたい。

フレッチャーは天才を作り上げたい教師ではない。口ではそう言っているが、実は違う。彼の本質は自己を偏愛し肯定を求める器の小ささだ。物語ラストで自身を告発したニーマンへの復讐心は純粋なものだ。自己を偽り後付けで肯定していく器の小さい男なのだと思う。ニーマンがラストでフレッチャーに反旗を翻したとき彼はその9分19秒に自己肯定を再構成していく。

はじめは自分の復讐に反旗を翻したニーマンへの怒りがあった。しかし自分では止めることの出来なくなったニーマンを見て考え方を変える。俺はこの反発をこそ待っていたのだと後天的に自己を偽るのだ。偽りの信念はいつの間にか本物と入れ替わり、ニーマンこそが自分の作り上げたかった超人なのだと思い込むようになる。

この自己を後天的に肯定してしまう姿勢は一見すると天才を生み出そうとする狂気にみえる。しかし違うのだ。これはフレッチャーのミニマムな王国を作ってしまう自己顕示欲と、フレッチャーの狂気に感化されて自己を肥大化させてしまったニーマンの狂気が並列に存在してるだけの現象に過ぎない。この天才を生み出そうとした狂気は、自分に制御できない怪物をフレッチャーが見たときに後天的に自己肯定をしてしまったが故に産まれた錯覚だ。

フレッチャーは作り手のエゴを体現した存在だ。もし自分が諦めなかったら音楽の極地に辿り着けたのではないかという無念を体現している。しかし同時に器の小ささ故に理想に身をさらけ出すことを許さない。フレッチャーは他者への指導にテンポの追求を求める一方、自身のピアノ演奏は非常にリリカルになっている。同時に自分の王国を自分の小さな手の中に置いておきたいのだ。

そこにはエゴしかない。自己のみを見ている。肥大化した自己は自分の小さな王国を作りだす。自分の小さな王国を完成させたなら、次は自分の創り出した天才を産みたいという偽りの欲求を充実させる番となる。

グロテスクで醜悪にして器の小さなモルモット実験である。

この姿こそがセッションという映画の一つの真実なのかもしれない、とぼくは思ってる。

とても珍しい映画を観た。通常では見れないものだろう。観て後悔はない

(4/25 てれびん 著)

ニコニコ超会議に出ます

明日の日曜日のニコニコ超会議の言論ブースにて海燕さんのニコ生の片隅に存在しています。

出演者は海燕さん、LDさん、やる気なしの津田さんです。

物語論についてお話しをされるようです。

僕は和菓子でも食べながらお茶をすすってる予定らしいです。


……あ、ちなみに僕は土曜日の午前中から都内にいる予定です、ではでは

2015年4月23日 (木)

『しらたまくん』の善性に満ちた世界

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毎週ヤングジャンプのしらたまくんを楽しみにしています。

これ何で面白いのか今迄わからなかったんですけど、やっとちょっとわかりました。

どうやらぼくは善性に満ちた世界を楽しんでいるようです。

善性に満ちた世界というのは、人と人が姿形関係なく繋がれる世界のことを指しています。

しらたまくんでいうなら、今週のお母さんとしらたまくんの関係とかですね。姿形は明らかに猫のしらたまくんを息子として育て上げた母親が今週のハイライト。しらたまくんが普通の少年のように母親に相対している話です。

これが僕には少しセンスオブワンダーがあった。

しらたまくんはギャグファンタジーだから掘り下げないかもしれないけど、このお母さんとしらたまくんの関係は掘り下げていくと面白みがありそう。

会話が通じれば姿形は人でも動物でもそれ以外でも『ひと』であると、ぼくは思っています。しかし現実はそうあることは難しい。

それを猫という人々に愛される存在の姿を用いてクリアしているのがこの観点のキモじゃないかと、思ってます。

ちなみに、この系統で一番有名なのは『E.T.』かな。

人類と人類外の精神的交流という観点には、相手の存在を知性のみで認める前提が必要です。

それってなんてファンタジー。

ガッチャマンクラウズやガンダム ダブルオーを思い出しますね。

しらたまくんのギャグファンタジーは、そのようなSFな香りが面白みを産んでるんだろうなと思った次第です。

以上

(4/23 てれびん 著)

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