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2021年1月 2日 (土)

ハッピーニューイヤー N高の川上さんの記事とエンタメについての呟き

お久しぶりです。ハッピーニューイヤー2021!

まさかブログを何年もサボっているうちに新型コロナウイルスで世界が激変するとは思っても見なかった。

2020年は本当に色々ありました。まさか僕が結婚してパパになる日がくるとは思わなかった。見届け人は海燕さんにお願いしました。

海燕さんたちとも出逢ったから10年。長くなったなあ。

ちなみにウチのお子様の名前は『ことみ』さんになりました。可愛いよね。狙ったわけじゃないけどお庭の広い子に育つといいですね。

さて、それで久しぶりに記事を書こうと思ったのは下のリンクの話題が面白かったから


カドカワの社長退任や『シン・ゴジラ』の舞台裏、そして教育事業に賭ける情熱とは?──川上量生・特別インタビュー

https://news.denfaminicogamer.jp/interview/201229a


内容は読んでみてください。好悪はあるにせよ実に面白く興味深い話だった。

これを読んでいると、改めて現代のエンタメというのは高度な話をしていると思わされます。

リアルワールドで起こっている出来事は、エンタメでテーマになってることだよね。

記事の中にこんな文があります


川上氏:

だから、みんな文科省が改革しようとしたときにさんざん叩いているくせに、教育が変わらない責任を文科省に押しつけるのはおかしい。世の中を変える改革なんて、すべて正しくやるのは難しくて、そりゃ間違いも起こりますよ。でも、それはまた直せばいいんであって、やるなと叩くのは違う。N高は、教育を改革する、という高い志を持ってやってるけど、それは反文部科学省ということではないよね。というか、なんだったら我々、むしろ文部科学省寄りですから(笑)。

(中略)

川上氏:
 彼女が言うには、ゆとり教育っていうのは、文科省が戦後の歴史の中で、抜本的に改革を試みた最大の取り組みのひとつだったんだと。何も変えたくない人もたくさんいる中で、文科省内でも改革派の人たちが集まって、ゆとり教育を推進したらしいんです。

──でも結果的に、失敗の烙印を押されてしまった……。

川上氏:
 そう。世間に叩かれて、改革は撤回させられた。嫁の仲がよかった改革派の若手の多くも、その後、不遇を囲っている。そして、世間が叩いた結果、教育はよくなったかっていうと、その後のすべての改革に大きなブレーキがかかっただけだと、世の中はそれを望んだんじゃなかったはずと、彼女は泣いたわけです。

──何かことを起こすことがリスクにしかならないと、そうなっちゃいますよね。

川上氏:
 僕がこのエピソードから得た教訓はふたつあって、ひとつは経産省だけでなく、政府のあらゆる政策の悪口は言わないことにしようということ。どこに地雷があるか分からない(笑)
 もうひとつは、リスクとって改革に取り組んでいるひとの足を引っ張るのは、やっちゃいけないということです。
 結局のところ、みんな、表面的な結果しか見ようとしないじゃないですか。とくに状況が悪いところだと、だいたい問題が起こってるのって、何もやらないからじゃなくって、なにか”やれない理由”があることが多いんです。
 そういうところに切り込んでいって、火中の栗を拾うような人たち、問題が起こっているところで頑張る担当者っていうのは、とても危険な仕事をやっている人たちだと思うんです。
 でも、そういう問題が起こってるところっていうのは、世間的にはすごく批判されやすくて。そのときに、火中の栗を拾いに行った人をみんなが叩いちゃう。でも、それってさ、何も生産的なことを生み出さないよね。

引用おしまい!

ぼくがそうだよなって共感するのは「僕がこのエピソードから得た教訓はふたつあって、ひとつは経産省だけでなく、政府のあらゆる政策の悪口は言わないことにしようということ。どこに地雷があるか分からない(笑)

 もうひとつは、リスクとって改革に取り組んでいるひとの足を引っ張るのは、やっちゃいけないということです。」ってところ

これは本当にそう思う。現場には現場の苦労があってそれは外から見えてこないものです。

外から見たら悪なんだけど、内部的には仕方ないことってのが無数にある。そこに対して外から悪し様に言ってどうな意味があるというのか。

無数の顔のない悪意をテーマにした作品としては、神山健治監督の『攻殻機動隊』『サイボーグ009』や中村健治監督の『ガッチャマンクラウズ』などがある。

SNSで顔のない人々が好きなことを言い合ってる。無数の人々が自由に発言できる希望の時代でもあると同時に、顔のない悪意に晒される時代にもなっている。

記事のなかにも『みんな文科省が改革しようとしたときにさんざん叩いているくせに、教育が変わらない責任を文科省に押しつけるのはおかしい』とある。

この辺ってSNS時代のいま、さらに拡大している部分でもあるよなと

青織亜論さんのツイート周辺を眺めていると、そういう悪意と戦うことの困難さがよくわかる

この「みんな」ってのがポイント

「みんな」の中に個々人が紛れてしまうことで、悪意(その「みんな」の中では善意)がより容易に拡散できるようになってしまう。

口は出すがその結果めちゃくちゃになっても責任は取らない、ということも起こり得る

いやー。。無責任に言い放っていくのはなんて悪いことなんだ!最悪だねっ。

…なんて思いたいのだけど、事はそんな単純ではない。

こんなことを言い始めると「では、外部の人間は口をだすなってことじゃないか!」なんて批判も出てくる

責任のない立場であってもおかしいものはおかしいと言わないといけない。そうやって世の中は良くなっていくんだ。

これも、また大切な指摘だと思う。

(この辺をテーマにした作品おそらくあるはずなんだけど、パッと思いつかないな…顔のない批判による制度破壊の正と負の側面を扱った物語)

そんなことをツラツラと考えました!


まだ考えられることあるけど、そろそろ家帰ってことみさんに遊んでもらわないといけないので


でわっ


今年もよろしくお願いします〜

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