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2014年5月

2014年5月25日 (日)

体重計から考える未来

ああ、これは素晴らしいニュースですね。

 

日本初!タニタがiPhoneとデータ通信できる体組成計を発売
 
スマホと体重計の連動というのは、世界中で考えられてたはずの出来事なんですよ。

 

色々な障害があって出来なかったと聞いてたのですが、できるようになったのかー。とても感慨深い。

 

この分野には色々な展望があります。タニタがどこまで考えているのかはわからないのですが、もしこの「体重の変化」と病気の関連を結びつけられたなら日本の医療はより大きく飛躍する可能性がある。

病気の発症に対する体重の変化のアプローチというのもひとつの視点にあるのですが、それだけではなく、病気を予防するためにこういうシステムの確立は重要です。

 

いま日本の消費税は8%になって毎日、あれが高くなったこれが高くなったと話題です。この原因のひとつに医療費による財政の圧迫というのがあります。

 

医療費減らず最高37兆円に 後発薬・入院短縮空振り

 

まぁ、こういうニュースみても思うのですが国も医療費は頑張って削減したいとは思ってるんでしょうね。

 

医療費ほど金を食う制度ってのもそうそうありません。

 

とはいえもう出来上がってる制度を崩すのも容易ではないでしょう。日本だからこそ治療できるって人もいるわけです。

 

ぼくも難病の治療のために日本に来た人を見たことがあります。日本の制度は良くも悪くも国民に手厚いみたい。

 

だからこそ、財政を圧迫していく。

 

これから求められるのは「安く治す」だけではなく如何に「予防」していくのかだと言われてます。(ぼくの周りではよく聞くけど、世の中でどれくらい言われてるかはわからんが…)

 

っていってもね、何のデータもなく「こうしたら体にいいですよ」とは言いづらい。

 

だからこそ膨大な数の健康な人のデータを集めると「やはりこれが体にいいんだ!」とわかる。

 

タニタのこういう取り組みはドンドン拡大していくんじゃないかと思います。

 

次に出てくるのは「病院と体重(日日の変化)の連携」とか、「個人情報の取り扱いの問題」とかではないだろうか。

 

最終的には毎日体重計(朝と夜)に乗ることで、「〜な疾患の危険があるので病院を受診してください」などというSFな出来事になってくのかもしれない。

 

いやー、妄想すると面白いです。

 

さて、今日はこれくらいで…

 

 

2014年5月19日 (月)

帰ってきたらファンタジーが個人的に如何に面白いのかという雑記

いま小説家になろう様で連載されてる帰ってきてもファンタジーがめちゃくちゃ面白いです。

ぼくのTwitterを追っかけてる人(まぁ、いないだろう)は、時折この作品について呟いてるのを見かけてるでしょう。

帰ってきてもファンタジーとは、幼いときに異世界に飛ばされた少年が過酷な異世界を生き延びて地球に帰ってきたら地球がロボットやレーザーに溢れたSF世界になってしまってた、というお話です。

数年ぶりに戻れた懐かしの故郷が、異世界になってしまってた。父親や母親は別れて別の人と家族を作ってしまっている。 しかも、ウラシマ効果というのかなんというのか…主人公の飛ばされた異世界と地球では時間の流れが異なってしまってたのである。

主人公にとっては二年前の出来事でも周囲にとっては十年前の出来事なのだ。

主人公が地球に帰還すると周囲は劇的に変わっている。
腰の高さくらいしかなかった妹たちは自分と変わらない年齢になってしまってる。警察官を目指してた親友は夢破れてファミレスのウェイターをやっている。

こういうお話はSFにはよくありました。タイムトラベル、ウラシマ効果…例えば『トップを狙え』などはそういう時間の無常さとロボット、熱血を組み合わせた物語でしょう。 如何に主人公が特別であろうとも、時間は無常である。だからこそこういう物語は、リアリズムを生み出す。


リアリズムの生成とは主人公(隔絶された特別感)を一蹴することで生み出される一つの現象のように思える。

これはひとつの仮説であるが、例えばこのように考えると『ソードアートオンライン』も同様の理屈でリアリズムを生み出してると言えるかもしれない。

キリトは確かに主人公(特別)である。しかし、この特別感がある存在も時間には勝てない。

彼はアイン・クラッドを攻略した英雄なのだが、同時に浅場という天才の欲望に巻き込まれた犠牲者である。 そこに僕たちは主人公性・英雄性を目撃することによる高揚と、悲劇を見つめることによる共感という(凡夫たる自分たちが)英雄に対して共感するという矛盾を味わう。

この落差がソードアートオンラインを特別たらしめる要因の一つなのではないか。 また、同様の理屈は『All you need is      kill』や『魔法少女まどかマギか』などにも当てはまるように思える。

以前記事に載せた『The fifth world』も、ネットの中で特別であること≠現実で特別であることではないという図式が成り立ちました。如何に才能があり、お金を稼いでいようとも普通の学生の枠に収まっているところに大きな魅力を感じました。

まだまだ作品名や例えは出せるかもしれないがこれくらいにしておこう。

とりあえずぼくの言いたいのは、『帰ってきてもファンタジー』はこのようなフックを備えた非常に面白みのある作品であるということ。

初期の頃から「先」の展開が仕込まれているのだろうと感じさせるつくりになっている。

異世界と交流を始めたら世界はどう変化するのか? 複数の人間の思惑が裏に見え隠れし、世界はそれによってどのような影響を受けるのか。

物語の前面に出てこない背景が物語の流れを生み出しており、同時にそれはミクロな物語にリンクしていく。

また主人公というトリックスターを組み込むことによってミクロなエンターテイメントを保ち続けているのが、非常に楽しい。 最近は物語中で語られていなかった背景が語られはじめている。ダイナミズムのある展開になっているのもぼくはかなり好きです。

定期的な更新がたのしみでしょうがありません。 さて、今回はここまでにしておきましょう。ではでは。次回更新がありましたら…

2014年5月16日 (金)

アクトオブキリング:この世界の空の下で起こっている不思議について

時間が出来たのでふらっと映画館に言って「アクトオブキリング」をみてきた。

60年代に秘密裏に行われた100万人にも及ぶ大量虐殺の加害者を追いかけたドキュメンタリー映画だ。

虐殺の「再現」。その奥底で監督が見たもの:映画『アクト・オブ・キリング』
いまでも英雄として過ごし続ける加害者たちに監督は「あなたたちの虐殺を映画で再現しませんか」と問いかける。

この映画は確かに傑作だ。

何がスゴイって、僕たちと地続きの世界にこんなにも異なる論理で回ってる世界があるのだということがスゴイ。

この記事を公開するときに公開しているかわからないけれど、いまこの記事と同時並行でインドの少年シャールク・カーンがコンピュータによって結ばれた縁の果てに医学部に入った記事の感想を書いている。
で、こういうことと同時にぼくは日本の川上会長がカドカワの経営者になるってことを知ったんですね。
偶然なんだけど、これらが同日にぼくの目に飛び込んできたことがものすごい衝撃的でした。

えーと、ですね。
ぼくがスゴイなー、と思うのはこのみっつの出来事が同じ空のしたでおこっているという不思議なんですね。とてもエキサイティングな出来事に感じる。

説明してみよう。
これらの出来事をまとめてみると、ぼくの視点では
インドの片隅に生まれた貧困層の少年が奇跡的にコンピュータと出会いに自分の人生を導く師と巡り合うという光り輝く物語の延長線上に、100万人もの人間を殺した者たちが英雄・指導者になるルールの世界が平行に存在してるのだ。ということだと思います。、


夢も希望もあるんだよ、、
って世界の脇に
夢も希望もないんだよ
って世界が佇んでる。


いまふと思い出したのですが「この世界の片隅で」の魅力も同じです。奇跡の起こらない戦争「世界」と同じ空の下に、すずたちの温かな日常がある。

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いや、世界ってそんなものですよね。わかります。たぶん、わかります。
とはいえ、この無常な感覚がものすごく面白いです。気持ちいい。

で、話を戻そう。

こういう対照的な出来事の起こってる空の下では、既存のものとは異なる新たな潮流が生み出されてもいる。それが、川上会長とカドカワの話である。

川上会長とカドカワの繋がりがどうして新しいのか。それは、続いて話をしていきたい。

ぼくは、おそらく川上会長ってリアルとネットを同列に捉えている方なのだとおもってます。
そのために、ちょっと次の文章を見てもらいたい。
この記事の川上会長のセリフがものすごく印象的です。

〜この新会社なんですが「プラットフォームをやってるドワンゴとコンテンツをやっているKADOKAWAの2つが合わさった」と理解されると思うんですけど、この理解は僕は少し違うんじゃないかと思っています。実は、もともと両社ともプラットフォームとコンテンツの両方をやることを目指してきた会社ということではないかと思います。
KADOKAWAさんの方も、出版社は雑誌っていうのは「リアルな世界のプラットフォーム」だと思うんですよね。販売網、書店に対してKADOKAWAの棚があるわけなんですけど、これもネットの世界のプラットフォームと対比されるリアルのプラットフォームだと思います。つまり出版社もリアルな世界のプラットフォームとコンテンツの両方を扱うというのが、正しい理解ではないか。〜

これって、ぼくやペトロニウスさん・海燕さんや多くの仲間たちが共通で見ていた世界の出来事のことだと思います。

エンタメならソードアートオンラインなどがいい例だと思います。ぼくも含めてソードアートオンラインを題材にして「これからの未来」を語った人たちは多いでしょう。あれもリアルとネットの接続の物語として読めます。
現代社会はリアルの延長線上にネットがあり、そういうことにリアリティを感じられるようになってきた世界なんでしょうね。

ぼくに会ったことのある人はなろう作家シロタカさんが連載されてる「フィフスワールド」をぼくがものすごく褒めていたのを知っているかもしれない。

そこで、なんで褒めてたかというと、この川上会長の世界ってのをリアルな射程で収めてる作品だったからなんです。

ネットの世界が第二の現実となってる世界は、確かにこうなるだろうと思うんです。子供たちはネットの英雄であると同時に普通の高校生としての日常を謳歌している。
ネットの英雄は、いわばプロ野球のトッププレイヤーと同じなんですよね。

しかもオリジナル版の初期はリアルとネットがほぼ同列で書かれていた(とぼくには見えました)ので、その地続きの感覚が鮮烈な印象を与えてくれました。

勿論、書籍版も面白いんですが(こないだ四巻読み直した面白かった)、ただそういう意味では、オリジナルのネット版ってのはやはり最高でした。ネットの英雄が高校では美少女に振り回される普通の少年だって二面性が素晴らしかったんですよ。リアルとネットはどちらが上でも下でもなく等価な世界でした。

いやー、なんでぼく保存しておかなかったんだって大後悔してます。誰か保存してたらください(と、宣伝しておく)

ぼくの見ていたのは、そういう「先」の物語でした。

で、話を戻すと、、全く異なるルールの世界が並列に並んでる脇で、リアルとネットが相互を補完しあうような流れが出来ている。
「新たなフロンティア」が世界の片隅で創成されていると言えるかもしれない。

こういう不思議がいま世界で起こっているんですよ。
いやー!!すごい!
やはり世界って広いのだなぁと思います。

・・・あれ・・・アクトオブキリングの話題何もしてないや。なんか話題がずれてた笑

ちょっと収集がつかないので、映画の感想は次回にでも続けることにします。

できるならば人間が人間を殺すときとか、ひとの変化とかココロノ不思議を絡めていきたい。
まぁ、ぼくのことだからそんなに予定通り考えられるかはわかりませんが・・・
そんなこんなで今回はここまでにします。では、また〜(唐突)

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2014年5月14日 (水)

川上会長すごいね

なんだろ。
ちょっと感動した。
こういう視点にたっているひとが同時代にいるっていいなー

2014年5月11日 (日)

ガッチャマンクラウズを通して考える美味しんぼ問題を解決するたった一つの冴えたやり方を

皆様こんばんは。

最近ほぼ毎週が飲み会のてれびんです。
今日も飲み会だったのですが、明日も朝市でワインセラーまわるんですよね。お酒弱いのに・・・
頑張れ僕の肝臓!

さて、帰宅の途中ネットで遊んでいたら速報が舞い込んできました。
どうやら美味しんぼの最新話が公開されたらしい。
すでにtogetterとかでもまとめられている様子。

昨週の鼻血事件に輪をかけたような騒ぎになっているようです。
先週の鼻血シーンはぼくも雑誌で読んで「・・・え、ええぇ~・・・」と口ごもりました。ホントかな?というのが印象でした。
少なくともぼくは「福島の人たちはいまも放射能に苦しんでいて、その証拠にみんな鼻血が出て困るんだ」という話は聞いたことがない。まぁ、ぼくが知らないだけの「隠された真実」ってやつもあるのかもしれないけれどね・・・


そこでネットの皆はどう考えているんだろうとTwitterを見てみたところ、さまざまな意見が出てくる出てくる。

全部を見ることはできなかったけれど、大別すると
批判派:「作者の頭はおかしいに違いない」「めちゃくちゃなことを言ってないで取材のネタ元をだせ!」「福島の不評被害ががが・・・」
擁護派:「福島で苦しんでいる事実がある」「真実を訴えよう。苦しんでいる人は声をあげよう」
の二派に分かれるだろう。

傍観派やその他の意見もあるかもしれないが、すべてを拾うことは僕にはできなかった。容赦願いたい。
それらの意見をみて思ったのは、それぞれの意見にはそれぞれの理(ことわり)があることだ。

なにが正しくてなにが間違えているのかはぼくには判断がつかない。神様ではないので、真実を見ることはできない。
あえて言うなら、批判派に近いのだろう。

しかし、それはぼくの立ち位置に過ぎない。ぼくの主張(クレーム)に過ぎない。
美味しんぼの鼻血問題(以下 美味しんぼ事件と称する)はなにが正しくて、なにが間違えているのか。この問題が孕む危険性とはなにか。解決するにはどうしたらいいのか。
ちょっと美味しんぼ事件について考えてみよう。


1:美味しんぼ事件の本質とはなんだろうか?
問題を考えるときは、問題の本質を定義することが重要だと思う。
如何にシンプルに問題を定義することができるかが、問(とい)で重要だ。シンプルな問にはシンプルな答えが返ってくる。
問題を考える上で一番大事なのは、問の定義だ。

まず、一般的(といってもTwitterで「ぼく」が見かける一般。偏っています)な定義を考えてみよう。
そうすると、次の問が隠れていると思う

問「美味しんぼ事件で語られたことは正しいのか否か!?」

読者はこの問いに答える形で「めちゃくちゃを言っている!」「真実を語っているんだ!」という反応を返しているのだろう。
この反応は非常に正しいと思う。

しかし、ぼくはこれは答えがでない問題だと思っている。なぜならこの問の一番の本質は科学的に解明されていない内容だからである。

放射能が人体にどの程度影響を与えるのかの真実はまだ解明されていない。
問の射程がものすごく遠くに設定されているのだ。(科学的)真実が解明されるには、まだまだ時間が必要だろう。
だから、この問をもうちょっと狭めてみるのが適切である。
改めて問の設定をし直してみよう。
問うべきはこれであろう。

問(改訂):「作者は客観的に妥当性がある調査をしたのか否か」

内容が正しいかどうかではなく、正しい手法を用いたかどうか。恣意性の紛れ込む調査をしているかどうか。

もっと言うならば、恣意性は紛れ込むに決まっているのだからそれを回避するに足る言い訳はあるのかどうか?
である。
調査人数。調査の場所。調査した対象の関係性。調べた書籍。意見を肯定するデータと反論するデータ。調査対象の健康に関するカルテ。
こういう情報を総合したのかどうか。

美味しんぼ問題で糾弾すべき点があるならば、そこであるとぼくは思う。
作者には調査の記録の提出を求め、その調査の方法は妥当だったかどうかを判定するのが妥当なのだろう。


2:しかし、これで現実的に問題は解決するのだろうか?
ぶっちゃけしないと思います。

いや、正確に言うなら上記のようなやり方をしたら「美味しんぼ事件は批判さえれるべきか?」という問題は解決されるとは思います。

しかし、それをしたところでどうなるの?とぼくは思ってしまう。実行できないでしょう?と
コストパフォーマンスが見合っていないんですよね。

先ほど言ったように美味しんぼ問題が解決するには、作者が適切な調査をしたのかどうかという証明が必要になります。
しかし、その証明を誰がするんでしょうか?
出版社?国?作者?個人(あなた)?

客観性はどうやって担保するんでしょうか。あるいは調査資金はどうやって捻出するんでしょうか。

仮に、すべての問題をクリアしてもその結果手に入れるのは「作者の調査と結論は正しい or 間違っている」という二択です。
そんなものを手に入れて誰が得をするというのか?

と、考えていくと1で語った内容を行うなんてのはナンセンス以外のなにものでもないと思います。
問題を解決するなんて夢のまた夢の出来事です。


3:ガッチャマンクラウズと「カッツェ問題」
ところで皆はガッチャマンクラウズって知ってますか?
昨年から放映されていたアニメです。世界を裏から守っている「ガッチャマン」という組織に加入してしまった女子高生はじめの物語です。
このアニメにはいくつかの特徴がありました。

ひとつは、アニメのテーマが非常に現代的であったこと。
「甲殻機動隊」「東のエデン」の神山健治監督や「バットマン ビギニング」「バッドマン ダークナイト」「バッドマン ダークナイト・ライジング」のクリストファー・ノーラン監督がテーマとしていた「民衆と正義」の問題を追求していました。

または、GALAXという民衆の善意を集めるシステムとそれを管理する総裁Xというコンピュータの組み合わせが斬新なのにわかりやすかったということ。

他にもはじめちゃんが巨乳で可愛かったとか、今までにない斬新なキャラクター設定を成されていたなど様々な要因があります。

その中に「ベルク・カッツェ」という誰にでも変身できる能力を持った物語中最高の悪が登場します。
カッツェは登場すると必ず世界が破綻してしまうという設定を背負っています。
人心を惑わし、疑惑を産み、人類を混乱に導きます。
つまり扇動者です。

彼は事件を扇動し、同士打ちをさせていくつもの星を滅ぼしてきました。
カッツェはひとの心の中に潜んでいる疑惑を増大させます。
物語中盤~後半はカッツェによる扇動のせいで人々が互いに疑心暗鬼になってしまいます。
ガッチャマンクラウズは多少ご都合主義的ではあるけれど、この問題の解決を「カッツェを糾弾する」ことでなく「カッツェのことを無視する」ことで乗り切ります。
これは非常に納得のいく方法です。

カッツェ(捕まえることのできない誰か)を捕まえても人心は正常にはなりません。捕まえたカッツェが真実に「カッツェ」であることは証明できませんよね(なぜならカッツェは他人に成り代われる)。

これって美味しんぼ事件もおなじことなのではないかと思う。

美味しんぼの掲載内容が正しいかどうかを突き詰めるのは現実的に無理だと思う。

だからこそ起こってしまった問題の原因を突き詰めるのではなく、さらなる問題(これから起こり得る事件)を予防することが必須のことになるのではないか。
だからといって言論統制をするのがいいのか?この記事のいうことには賛成だ。

言論統制すると図書館戦争のような事態を引き遅す危険を孕んでいる。語りえないことは沈黙するしかない。

この問題は黙ることでこそ沈静化するのではないか。
そんなことをふと思った。

2014年5月 5日 (月)

やったね!てれびんリーングラード中興の祖になったよ!!

先週のことですが、オーバーラップ大賞が発表されましたね。

大賞が我らが「リーングラードの学び舎より」、銀賞が「聖樹の国」

いやー、よかった。これでリーングラードが書籍で読めるんですよ。エリエス君やセロ君のかわいいイラストが手に入るんですよ。やったね!

なによりレギィさんが本格的に出てくるのが3章からなので、いまからレギィさんのイラストは楽しみです。

いつ書影が発表されるんだろ~

楽しみだなぁ。

リーングラードはキャラクターの個性だけでなく、物語の構造も素晴らしいんですよね。

この辺りは現在ジャンプで連載されている「暗殺教室」にも通じる話なのですが、まぁ今回は割愛。どこかで機会があればお話ししたいと思います。

で、本題

てれびんリーングラードの中興の祖になったよ!!!

やったね^^

事情を説明すると、twitterでリーングラードの作者の「いえこけい」さんにおめでとうございますと@を飛ばしたら、いえこさんから「リーングラード中興の祖」と呼んでいただいたんですよ~

いやーー、ものすごくうれしかったですね。

てれびんマジ強縮しました。でもめちゃくちゃうれしい!

実態はあんだけ面白い物語が人々に読まれていないのが衝撃的だったから友達に告知していただけなんですけれどねぇ

ぼくが面白いといっていたものを海燕さんやペトロニウスさん、それにしおにさんたちが読んでくれて面白いと言ってくれた。そしてブログ記事を書いてくれ、さらに広がっていった。

もうねぇ、、、うれしいですよ

面白いを共有できる友達がいるっていいですよねぇ

そういう行動の結果として、いえこさんが中興の祖と呼んでくれたのでホントに感激です。

僕のほうこそあんなに面白い作品を読ませてもらって

ありがとう!

と返したいです。

とにかく大賞受賞おめでとうございます~

これからも、リーングラードを楽しみにしています!

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