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2013年8月28日 (水)

『ガッチャマンクラウズ』のはじめちゃんは可愛いけれどその正体は何なんだってことについての覚書のようなもの

思うがまま書いてから、まったく修正していないけれどいいのかって内容を公開してみます。
まあ、ほとんど見ないだろうからいいよねって・・・
ガッチャマンクラウズみてますか?面白いです。はじめちゃん可愛いです。いまなら日テレオンデマンドで無料です。みんな見ましょう。今日ガッチャマンの映画みてきます。オンデマンドで流れるダメなCMみて凄く気になりました。
さてはじめちゃんです。ぼくははじめちゃんの話をしようと思ってました。忘れてた。海燕さんからは「てれびん系主人公」と言われるはじめちゃん。
ぼくがダメだと言うとはじめちゃんもダメだと言ってくれる。ぼくがうーんと唸るとはじめちゃんも何か違うんっすよーと言ってくれる。思考パターンをトレースされてるかのようで、とても不思議な気持ちになるキャラクターです。
いや、それにしてもはじめちゃん可愛い。
さて、そんなはじめちゃんですが彼女には欠点がある。海燕さんとみながらでもなーと言ってました。それがなんなのかと言うと、彼女の視点ですね。あと立ち位置。まず視点の話をしましょう。
視点。見え方。世界の捉え方。ザ・ワールド・オブ・ハジメ。いったいこれがなんなのかが問題なんだと思います。彼女は直観のひとなので常人とは異なる世界でものを捉えます。ひとによっては正解を選ぶと言うけど、ホントはそれは違うのかなと思います。
はじめちゃんの選択が正解なのかはじつは誰にもわかりません。はじめちゃんにもわかっているかは怪しいと思う。結果的には正解になってるから正しい。それだけのことです。でも、ぼくはその行動は価値のあることだと思います。彼女は世界の先の先までは見通すことができないと思います。その点は塁くんのほうが素晴らしい。
一番強いのは塁くんのような人間です。彼の系譜に連なるひとは、いつか世界を変えていくでしょう。より良い未来を目指してせかいをアップデートしていく。今回は塁くんは損な役割なんだと思いますよ。かれは、そういう意味では可哀想ではあります。物語のテーマから彼は苦悩を抱く役割に押し込められてしまう。はじめちゃんと塁くんは対照的です。
塁くんが先を見据えて世界の悪意を管理し世界を最終的にアップデートしようと望むのならば、はじめちゃんはその場その場での正解を選んでいきます。システムによる根本的な解決を望むのが塁くんならば、はじめちゃんはそれを望みません。
彼女にできるのは現状をちょっとだけよくすることだけだと思います。目の前の絶望を回避すること。ちょっとだけ幸せな未来を選ぶこと。はじめちゃんは世界などという大層なものは背負わず、自分に抱えられるものだけを守るのだと思います。
神山健治監督はそこに絶望をみました。すべてのものが世界をよくすることはできない。一握りの希望は大多数の悪意(無関心のほうが近いと思います)に握りつぶされてしまう。
ガッチャマンクラウズはそこに絶望をみません。絶望のわきには希望があり、希望のわきには絶望があります。
はじめちゃんの見ている世界とはひとつの虚無なのかもしれません。ナウシカでははじめちゃんのあり方を虚無と評しました。たぶんね。
彼女の裏はベルク・カッツェです。おそらく。かのじょはひとの絶対の悪意を信じません。彼女はひとの絶対の善意を信じません。ひとは良いこともすれば、悪いこともします。でもカッツェとはじめちゃんはちょっと違うと思います。何処が違うのでしょうか。
それはベーシックな立ち位置だと思います。
カッツェはたぶんひとが善きことをすることを知ってます。はじめちゃんはひとが悪しき行いをすることをしっています。
それでも、ひとは善なる行いをする。そう、はじめちゃんはおもってます。性善説です。
カッツェはまだわかりません。
彼が真になにをおもってるのかはまだ明かされてません。でもみていると、カッツェは愉快犯であるように思えます。
カッツェとはじめちゃんは似ています。
言葉は通じます。笑顔は交わせます。でも心が交わせるかはわかりません。
じつはいま書きながら改めて悩んでます。

はじめちゃんは心を交わしてるんですかね。人間と対話しているんですかね。言葉は通じても意図はわかってもらえているんですかね。彼女の胸の内は他者と共有するせかいがどれほどあるのでしょう。
彼女ははじめにまだまだ残ってるお弁当をわきにお腹減ったとつぶやきます。それは文字通りの意味ではありません。おそらく刺激をさしていっているのです。
もっと面白いことないかな。わたしの予想を超える出来事が怒らないかな。と。そう言っているのです。
ここから彼女の精神の一部が読み取れます。
彼女もまた愉快犯に近い。自らの愉悦に興じる悪魔のような精神の持ち主です。
七話で彼女は迷わずカッツェの元に向かいます。ジョーさんが傷つけられたことへの怒りは見えません。生命が救われたならば良いと考えたのかもしれません。しかし、普通なら彼女の行動は異常です。
仲間を、友を傷つけ殺しかけたものと平然と言葉を交わし、談笑?をする。
感情より先に理性があり、未知なるものへの興味が優先される。彼女はいったいなんなのだろう。
これがナウシカならばどうだろうか。痛みに対する共感から始まるだろう。信念のもとに言葉を紡ぐのだろうか。
しかしはじめちゃんにはそれがない。彼女には本性があり、彼女はそれに従う。
塁くんを代表とするキャラクターは理性のひとだった。ナウシカも基本はそうだと思う。
理性の信奉者は理性に裏切られる。理性の外にあるものに裏切られる。
だから東のエデンの滝沢は失敗をする。009の島村ジョーは神へと問いかける。
理性によらない集団の悪意に世界の革新を阻まれる。
塁くんはそれをシステムで管理しようとする。集団を集団として管理しつつ、個人を個人として管理する。ギャラクシーシステムには希望がある。システムを管理するエックスには希望がある。
この物語には四つの異物がある。
ひとつははじめ、ひとつはメス、ひとつはカッツェ、そしてエックスである。
かれらは人間にして人間ではのものである。人間の要素を持ち、人間の一部をもち、ある種人間であるのに、人間ではないもの。それが彼らである。
はじめは人間だ。しかし、人間とは異なる精神をもつ。ある種の本能の奴隷である。
カッツェは見た目は人間だ。まだ何者かわからない。
メスは人間ではない。人間とは異なるコミュニケーション形態をとる。はじめとは交流でき、人類との交流の可能性がある。
エックスは機械だ。塁が作った。人間を理解する。そして意思を持たない。彼女に真なる信念はもたず、それ故に「繋ぐ」可能性を秘めている。
ぼくはここにこの物語の可能性があるのではないかと思ってます。

いままではひとりに世界が背負わされてました。でもそれは失敗した。だから今度はそれを分散させた。でもそれは失敗した。集団の悪意に晒されるから。だからそれを複数の異なるものたちに分散させた。それがこの物語のひとつの可能性だと思います。
各レイヤーの代表者同士を通じ合わせて全体の連携をとる。
ひとりでもなく。全員でもなく。役割分担。
それがこの物語なのではないかと思います。
さて、散文ばかり書いてますね。
今夜これからLDさんとアッシュさんとラジオをやります。
この辺りの思考の泡がぼくの言動の根本になるはずです。ではでは、よろしくお願いします。

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コメント

神山けんじのけんじは健治だぜ。と言っておく。

意図したかどうかはわからないけど、神山と中村の比較をしているのは凄い。

ありがとうございます。修正しました―。
一応神山監督と中山さんは意識しています^^

文脈のながれとしてはC、東のエデン、サマーウォーズがあります。
(後にCの監督が中山さんと知りました)

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