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2013年3月

2013年3月20日 (水)

キヅキアキラ作品の読後感がきになったひとたちへ

書店で見かけた『メイド諸君』が気になったので読んでみました。

大阪から東京に来た女の子がひょんな事からメイド喫茶で働くことになり、恋をして、結ばれる物語です。

こうしてことばにすると典型的な少女漫画な世界なのですが、キヅキアキラ+サトウナンキさんが描くとどうしてこうも妖しいせかいになってしまうのでしょうか。

ぼくは「いちごの学校」で彼らの作品を知り、それから地味~にこのコンビを追いかけています。

なんとなく気になるんですね。好きとか嫌いとかではなく、気になります。

目をそらしても恐る恐るもう一度みてしまう感じです。

惹かれてしまうといってもいい。

どうやら、ぼくにはそういう作品がいくつかあるようです。

パッとは思い出せないけれどそのひとつに『時計じかけのオレンジ』があります。

原作ではなく映画のほうです。スタンリー・キューブリックが映画化した奇妙にねじれた人間ドラマです。

少年は、レイプ、暴行、麻薬、殺人・・・ありとあらゆる犯罪の友だった。しかしあるとき仲間に裏切られ、投獄される。そこからかれの運命がはじまる。

刑期を短くするため、かれは国の実験台となる。こころを作り替え人格を矯正する実験。そして、堀の外に出た時かれの地獄ははじまる。過去の悪事は報いを与えにくる。過酷な現実は困窮を与える。そして物語は始まりの地、悪徳と強欲の転換点(ターニングポイント)に辿り着く。

時計じかけのオレンジを見て、咄嗟に感想が出る人は少ないだろう。なぜならこの物語はこのなかだけで完結している箱庭の物語だからだ。

ぼくはこのものがたりに美を感じるけれど、それは先端まで研ぎ澄まされた脆いもろい刀のような美しさである。

あといっぽで破綻するギリギリを歩いている危うい芸術である。

これを読んでいる人は『カラヤン』を知っているだろうか。クラシック音楽の音のみを追求したために批判された音楽家だ。

もともとクラシック音楽は歴史の積み重ねを音に託したものだ。その音を聞くものは音の響きを楽しむのと同時に、背景に描かれている歴史そのものを楽しむ。

平均法、対立法などのさまざまな技術を駆使して音楽はその世界を表現する。

音楽言語で描かれた歴史小説といえば、伝わりが良いかもしれない。歴史の流れはひとつである。しかしゴールに至るまでの詳細は描かれていない。

楽譜は年表であり、年表の中に隠れている苦悩や愛徳を創りだすのは演奏家である。だからこそ音楽家の楽譜への解釈は重要である。

しかしカラヤンはその歴史を破壊したと批判される。

いままで書いたように、クラシック音楽の『音』は小説でいう『言語』である。ことばを用いて歴史やそのなかの感情を伝える。しかしカラヤンは『音』に注目した。

『音』をより美しく魅せるために演奏をした。

音楽を通して壮大な歴史を感じさせるのがいままでの音楽であるならば、カラヤンは箱庭のなかだけで作動する精巧で閉じた音楽を作り上げた、といえるかもしれない。

時計じかけのオレンジはそういうものを感じさせる。

ただ美しく魅せるために美しい。そこに感想も、分析も存在しない。ただ美しさを感じるだけである。

そこで『メイド諸君』、あるいはキヅキアキラさんたちの作品へと話を戻そう。

かれらの作品はやはり美しい。しかし時計じかけのオレンジなどとは異なり、胸を締め付けるような痛ましいものをみるような、妖しい感情が立ち上ってくる。

結論から言うのならば、ぼくは彼らの作品は告発の物語なのではないかと思ってみています。

誰の、誰に対する何の告発なのかというと

「物語の登場人物」たちによる「読者」への「物語そのものの欺瞞」の告発

である。

キヅキ作品の多くはたしかに現実には存在するが少数である(と思われる)ファンタジーからはじまる。

教師と教え子が結ばれる、偶然訪れたメイド喫茶であらたな人生を発見する、愛する恋人のいる女性と結ばれる・・・

これらの起こりそうで起こり得ない物語をスタートとして、その物語が孕む矛盾を告発するのがキヅキ作品である。

教師と教え子が結ばれたあとに何が残るのか。少女漫画では教師と生徒が多くの苦難を乗り越えてハッピーエンドにいたる作品が多くある。しかし、その先にはなにがあるのだろうか。

教職を追われるかもしれない、子どもの未来を奪ったのかもしれない、手に入らなかったものへの憧れはどうなるのだろう。

そういうさまざまな矛盾を無視して物語はハッピーエンドへと辿り着く。

エンディングの先は断片的にしか語られない。

キヅキ作品ではそういう矛盾や欺瞞を登場人物が読者に提示してくる。

メイド諸君もそれに合致する。

物語ラストで愛する恋人を手に入れた者は、以下のような内容を独白する。

「なんと苦しい世界だ。不幸せであればそのことに苦しみ、幸せであればそれを失うことにおびえて苦しい。いつまでも幸せになれない」

詳細は異なるが、そんな台詞をつぶやく。

そうして恋人の膝枕のなかで物語は終了する。

そうなのだ。キヅキ作品のもうひとつの特徴に物語に回帰する性質が挙げられる。

ものがたりを通して嘘や欺瞞を告発した登場人物は、それでいて物語へと帰って行く。

外から見ている僕達はそこにねじれた感情を抱く。

これがキヅキ作品の面白い部分である。

登場人物たちは物語のなかから箱庭の欺瞞を提示するためにぼくたちのまえに現れる。しかし告発をしたあとはまた物語のなかへと帰って行くのである。

これが独特の読後感を与えるのです。

さて、おおまかな感想を終えたので今回はこれで終了とします。ではまた

2013年3月18日 (月)

自閉症の少年になったぼくが考えること

気分転換にABCニュースを見てたら「auti-sim」というゲームが紹介されていました。

自閉症の少年を操作して友達(?)のグループに合流するゲームらしい。先月末に3人のプログラマーが集って12時間で作り上げた逸品のようです。

目的は自閉症の啓蒙です。(製作者のコメントなどをみてみるとautism(自閉症)の子どもの視点をぼくたちに見せたかったらしいですね)

マウスで少年の視界を指定し、テンキーでからだを動かすことができます。

このゲームをやると自閉症の少年が如何にひとのなかでは生きづらいのかがわかります。人間に近づけば視界にノイズが走り、周囲の騒音が拡大される。最初は我慢できていたノイズは徐々に大きくなり視界は壊れたテレビを彷彿とさせるようになります。

あまりにうるさいので、ひとから離れた場所に行き空を眺めているとすべては安定してきます。

なるほどこれは一人になりたがるわけです。

自閉症を題材にした映画をみて「しかし我慢すれば何とかなるかもしれない」と思う人もいるでしょう。そういう人にこそこのゲームをやってみて欲しいですね。あまりにノイズが多くて「こりゃたまらん」となるでしょう。

ところで話題は変わるのですが。こういうゲームをみると、日本のエンターテインメントはレベルが高いんだなと思います。

ひとに近づくと視界にノイズが走る。ひとの環にはいれば雑音がおそってくる。

いづれも90年代のエヴァやCARNIVALや三大電波ゲームと呼ばれた奇作たちで見たり聞いたことのある手法です。

だからこのゲームをやっても日本人はそれほど衝撃を受けないかもしれません。言い方はおかしいのですが、「見慣れた光景」ではあるんですよね。

しかし、それは日本に特有のことなのかもしれない。

こういう「他人の視点」をエンターテイメントに昇華する技術は日本が一番なのではないか。

もしこのゲームの制作プロジェクトにそういう能力のある人が加わっていればどんなゲームになったのか気になるぼくがいます。

もしかすると「ぼくのなつやすみ」みたいなゲームになったのかもしれません。

2013年3月15日 (金)

古代のプリンセスのミイラは世界最古の動脈硬化の罹患者らしいです

英国のLancetという有名な論文投稿誌に「世界最古の心疾患患者発見」のニュースが報告されたそうです。3500年前のミイラをスキャンしていろいろ調べたらしい。それでプラークによる動脈硬化の症状が見られたようです・・・へー(流し読みなのでテキトー)

現代は肥満が死亡のリスクとなったことが特徴だといわれています。そのため今までは肥満によって起こる心疾患を引き起こす症状、すなわち動脈硬化などは現代になって現れてきたと思われていたようです(ホントかどうかは知らないけれど、ぱっと眺めた感じ記者はそういう認識かと判断しました)

そこに「世界最古の心疾患(動脈硬化)患者」が発見されてニュースになったようです。

どうやら「まだ知られていない動脈硬化のリスクがあるのではないか?」あるいは「なんらかの感染による免疫系の異常ではないか?」という結論に落ち着いている模様。

・・・ぼくは遺伝要因な気もするけれど、どうなんでしょうね?

娘さんも動脈硬化の傾向あるらしいし(まあ、前後読み飛ばしているから「遺伝的な傾向があるにしても、動脈硬化の発現が大きすぎる」と書いてあるのかもしれないけれど・・・)

へー、とおもった記事だったので取り上げてみました

iPhoneが寄生虫を発見するそうです

ふとBBCのニュースを見ていたら、iPhone4sを腸内寄生虫感染の診断に使う研究がされたようですね。直径40~50mmのボールみたいなのを用いるそうです。1個8ドルだから安いっちゃ安いですね。

およそ70%の寄生虫を発見(重篤なものは90%発見)できるらしい。

これをみて「はへ~、面白い研究だなぁ」と思ったのですが、同時に「どういう現場を想定しているんだろう?」という疑問は湧きます。

臨床現場を知らないのでよく知らないのですが、寄生虫感染をしているか緊急にチェックすべき局面があるのかな?

それとも移動などと関係があるのだろうか?ぼくの英語力が低くて読み落としているだけかもしれないけれど、ちょっと気になるニュースでした。

びっくりした

ロボティクス・ノーツってきちんとヒロインと結ばれるんだ!?

驚きました。

偶然立ち読みした月刊ガンガンで「絶園のテンペスト」「咲 阿知賀編」が最終回だったことより驚きました。

カオスヘッド、シュタゲにならってロボノの恋愛も曖昧に終わるだろうと思い込んでいたので、予想外でしたね。

ああ、びっくりした。

木曜のルーチンワーク

最近木曜夜は『シンフォギア』の日です。

帰って、シンフォギアの再放送を見て、寝る。これが木曜夜のルーチンワークとなっています。

ぼくがこんなにシンフォギアを気に入っている理由は正直なぞです。

音楽が理由でしょうか。それもあるでしょう。シンフォギアのキャラソンを聴かない日はありません。iPhoneの再生リストには必ず入っています。

しかしそれだけが理由ではないように思います。

ぼくは物語を見返すことはありません。じかんのかかるラノベやアニメ、長編コミックで読み返す作品は珍しいといえます。

かつて二度三度と閲覧した作品は『BREAK-AGE』『ANGEL VOICE』『サイバーフォーミュラ OVA』です。

思い返してみると自分的には考えるより感じて楽しむタイプの作品が多いようです。

さらに言うならば、感じる作品かつ前へ進むはなしのものが多いようです。

そういう意味では現在ニコニコで放映中の『ぷちます』も含まれると思われます。(ぷちたちが徐々に増えていくさまが前へ進むと感じさせているようです)

これは自分のわがままな心理として『頭をつかいたくない(面倒くさい)』『繰り返しは見たくない(やはり面倒くさい)』という思いが働いているからだと思います。

こういう自己心理を見ていくと「ひとは堕落するんだなぁ(まぁもともと堕落しておりますが)」という思いを強くします。

修行も兼ねて録り溜めている「PSYCHOPATH」を見るべきだと思います。

と、ここまでの思考すべてが最近の木曜のルーチンワーク。どうやら今日もそれを繰り返している模様。

2013年3月10日 (日)

プリティーリズム・ディアマイフューチャー 「開演グレイトフルシンフォニア」

土曜日はスキーに行って来ました。五時半に起きて長野。久しぶりのスポーツだったので、今日はずーっと寝てました。寝ている時間に昼が過ぎ、夜が近づいてきます。勿体ないなぁ。いつもどおりの後悔が襲ってきます(笑)

そのようなわけで、一日記事を書いてません。

昨日の夜連続で「ライフ・オブ・パイ 虎と227日間漂流した少年」「TED」を見てきたのでそちらの記事を書こうかなと思っていましたが、少し書くのが面倒くさいので今日はプリティーリズムの感想とさせてもらいます。

タイトル通りに今回からラストエピソードのグレイトフルシンフォニアが開演しました。作中劇を通して未来への道筋を示していく構造はガラスの仮面を思い出させます。

みあとヘインはラブミックスで未来への一歩を、セレノン with K(かなめ)で未来への意志を試されます。

このあたりは現在放映中のまおゆうの一話を思い出しながら見ていました。まおゆうもディアマイフューチャーも共通のテーマを扱っているので、あたりまえといえばあたりまえですが。

ぼくはディアマイフューチャーの一部にちょっと納得しがたい部分をもつをひとなのですが、今回の話は好きでした。

とくに前作から続くショウとアイラの物語(今作ではユンスが加わって三角関係になっていた)に結末を与えられたことに満足しました。物語を終わらせる意志があるのは、いいですね。先の見えない未来を切り開くことをテーマにもっているので、こういう部分は決着をつけないといけないと思います。

次は現在のなかまたちとのエピソードです。「失われる明日」はどのような話になるのでしょうね

2013年3月 8日 (金)

日課

最近は昼近くに起きて、AM1時過ぎに帰ってきています。すると寝る時間が4時とか5時になります。

一日のルーチンとしては

  • 10:00 起床
  • 11:00 動き出す
  • 12:00~13:00 移動
  • 13:00~ 大学

途中バイトを挟んで、帰宅です。一日平均6時間くらい大学にいる計算です。

無理なく行動しているのでストレスはたまりません。とはいえ、改めて見ると無駄な時間が目立ちます。大概はこの空いている時間になろう小説を読み、ニコニコやアニメを見ています。

しかし、それを考慮しても一日何時間か無駄にしています。可能ならばこの時間を有効利用したいところです。

この春休みにはいくつかやりたいことがあり、羅列すると

  • 今学期の復習
  • 来学期の予習
  • 旅行
  • バイト

とくに前2つはやりたいことの筆頭です。

一日一時間でいいから勉強をしたいところ。どこかに勉強の日課を組み込まないといけないなと思う今日このごろです。

2013年3月 7日 (木)

たまこまーけっと9話「歌っちゃうんだ、恋の歌」~過去を抱えて現在を生きる展開が好きでした~

たまこまーけっと9話「歌っちゃうんだ、恋の歌」を見終えました。

この話はすごく好きです。

たまこちゃんのお父さん豆代さんとお母さんのきなこさんの恋からはじまり、たまこ・餅造とあんこ・メガネ少年(名前忘れた)のペアへと繋がる一話。

「お父さんも恋をしたんだ」「その相手がわたしたちのお母さんだよ」

たまこ・あんこの姉妹の会話が象徴的です。

父が母と恋をし、姉妹が生まれた。その姉妹もまた次の世代へつながっていく。これがたまこまーけっとのテーマのひとつだと思って見ています。

だからこそ二世代三世代とコミュニティを形成する商店街が舞台になっているのでしょう。

9話は20年程度の時間を30分に収めています。

見ているだけで「あちら(過去)」と「こちら(現代)」の関係がすっとあたまの中にはいってきます。

何気なく凄い技術が使われている気がしますね。

いやー、素晴らしかった。やはりこの流れで「海街Diary」「バーサスアンダースロー」を映像化してくれないかなぁ。

そろそろ「抱えながら生きる」をテーマにしてもいい気がします。

それにしても餅造はいい男だなぁ。ヘタレだけれど幸せになってほしいですね。

たまこまーけっと (3) [Blu-ray]

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(2013/3/7 01:31時点)

おひさしぶり。てれびんです。ブログ再開しました。

2ヶ月ぶりですね。おひさしぶり。

ブログを再開してみました。ネタはありません。

・・・こう・・・ふとやりたい、と思ったので再開しました。

いま何を書こうかなと悩んでいます。いつもどおり徒然なるままに書いていこうかな。

最近(ほんの数分前まで)「集中力」について考えています。

まわりを見渡すと集中力の「ある」人間と「あまりない」人間がいます。ぼくは「あまりない」タイプに分類されます。経験上「まったくない」タイプはいません。世の中にはいるのかもしれませんが、ぼくの周囲にはいません(きづいてないだけかもしれませんが)。

集中力があまりないタイプからすると「ある」人間はとても羨ましいものです。短時間で効率よく結果をだしていく。

ダラダラとすすめるぼくとは大違いです。

悩みますね。しかし悩み続けることはありません。

悩んで、放置して、忘れます。短いと三分。長いと数時間程度です。

その結果が「これ」です。記事にオチが生まれません。

ぼくはこの記事で何を書きたかったのでしょうか。忘れました。あるいは思いつきません。

むかしから話にオチがないと言われるのですが、原因はこれでしょうね。

「はなしの論理をきちんと構築しなさい」

最近うえから受けたお叱りのひとつ。結論からはなしを作らないといけない気がします。

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