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2012年3月

2012年3月25日 (日)

うわー、幸せ

三月のライオン読み終えた。

いや、もう素晴らしいよねッ!今週のヤングアニマルには、続きが載ってて更に幸せでした。

天才同士の対決が、これまた素晴らしいわ~

ちょっと、ブログ記事がまともに更新できなようなので、ご報告だけでも。

それと今日アニメイト寄ったら青空エールの9巻出てた!

プラズマイリヤやなのはvividもあるし、後数日はかくじつに幸せです。

これだけで、数日やってけますね。かくじつに!

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2012年3月23日 (金)

きっとあずにゃんはこんな恋をするんだと思った―かずまこおさんの『ディアティア』が素晴らしかった

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評価 3 (3.8)

個人的評価 5

ぐうぜん手にとった作家さんが、自分の感性にあう方だった時のよろこびになんて名前をつけたらいいんでしょう?

かずまこおさんの『ディアティア』です

このはなしは、別に大したことない話なんですよ。大きな事件もなければ、主人公たちが世界になにを為したわけでもない。

さきほどギルティクラウンの最終回見てたのですが、あの世界で表現されるような特別な出来事はまったく起こらない(ギルクラが成功したかはともかくとして)

ギルティクラウンのテーマのひとつは「このせかいはそんなに安定したものではないんだよ」でした。

少年は日常から突如に非日常に移行し、世界中を巻き込む嵐のような半年間を駆け抜ける。

この物語はそんなものではありません。ただの小さな恋のものがたりです。

ある少女と、ある少年が出会ってしずかに絆を紡いでいく(でも2人の世界に結論が終わらない所が良い!)。そういうお話です。

ものがたりは時として、世界の「あたりまえのこと」を露わにしようとすることがあります。もちろんそれはそれで重要なことです。

たとえば、日常の儚さは『ギルティクラウン』『魔法少女まどか☆マギカ』などが描いています

こういう物語は、このせかいが危うい均衡の上にあるのだ、というのを視聴者に伝えるのがひとつの目的だと思います。

でも、『ディアティア』の場合は、そういう日常の儚さは『ある』けれど描かれません。べつに伝えるのが目的ではないんですね。わかってほしいわけでもない。

あくまで視点は日常に軸を置いています。

日々を過ごし、泣いて笑ってそっと好きになる。

それを描いています。

ぼくはこういう作品好きですね~

一人ひとりが何らかの重みを背負ってはいるんですよ。

たとえば心を病んだ母親とか。自らへのコンプレックスとか。

そういうものを抱えながらも、ぼくたちは笑い・泣き・喜び・支え合うわけでしてね。

(ちなみに『ブラックロックシューター アニメ』の描いているのって、こういう事ですよね)

そういう『当たり前』のことを、ことさらに『当たり前なんだっ』と主張せず、でも「あるんだよ」というスタンスで日常を描いているので『ディアティアいいな~』とか、思ってました。

いやー、ほんとにいい話だった。

すっげーシンプルで、それでいて世界を感じられるはなしだった。

 

追記

おおぅ!?あずにゃんのはなし書いてなかった。忘れてたよ(汗)

この物語の主人公の女の子が、いい子なんですよ~

キリッとして、でも抜けてる。

一生懸命しっかりしようとして、なんとかやっているんだけれど、その必死さが幼さを強調しているんですね。(高校1年生かな?)

この子見てて「どっかでみたよな~」って思うと、あずにゃんなんですよね。ぼくの印象だと。

ちょっと素直になれないところとか、懐きそうでなつかない仔猫加減がかわいかったぁぁ!

リアル路線の物語であずにゃんが登場したら、こうなるよね、って展開でした(個人的に)

絵が嫌いじゃないひとは、読んでみるといいと思いますよ。

現実的な意味での仲良し空間が創り上げられているのが良かった。

 

追記2

登場人物がまた頭いいんですよ~

うそつきパラドクスみたいに「その道はミスるから~」って選択肢をとらない。

えとねー、日々を誠実にいきている、と言えばいいかな?

この子たちの日常の努力が仲良し空間的なものを作り上げているのが、また素晴らしい

 


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2012年3月22日 (木)

雑談

現在バーティミアスという小説を読んでいます。

まだ読み切っていないから、どうとも評価できないのですが、印象としては「ちっちゃい話だなー」って感じですね。どうにもテンションが上がらないのですが、頑張って読んでみます。

ハリーポッターとかの外国の小説を読んでいると感じるのですが、向こうの小説には「大きな物語」を背景としていることが多い気がします。日本の物語でこの大きさに対応する物語というと、そんなにある印象がないですね。

もちろん日本には日本的な意味で、「大きな物語」というのが存在するのですが、外国のものとはなんか印象が異なりますね。ちがいは何だろう。多神教とかかな?

あくまで雑談なので、バーっと思いつく感じであげていくのですが、ぼくが今まで読んできた大きな物語の類型としては

  1. 一神教「父君」的な概念に支配された世界:ナウシカ
  2. 仏教的な精神世界を背景としている(ミクロからマクロへの連結)世界:あっかんべェ一休、バガボンド
  3. 監視者としての神のいる世界:獣の奏者、十二国記
  4. ともに神のある世界:火の鳥とか

んー、ちょっと思考を凝らすべきだったりするとは思うのですが、書いてみて思ったのは罪と罰「原罪」を背負ったものが日本の物語にはすくないのかな、という印象ですね。

  1. 原罪をもつ
  2. 逃れられない苦悩をもつ
  3. 持ってても持ってなくても関わりがない(かかわりなく厳しい or …)

というパターンかな。

ナウシカなんかは、生きている人間はつねに原罪を背負っているんですよね。火の七日間をおこした者たちの末裔ですし。

まあ、こんなこと考えているとナウシカが一神教の世界で受け入れられやすいのもわかるなーって気がしたので、はい、雑談ですよ

雑談終了です(ネタがもともと無いんですよ~)

2012年3月21日 (水)

読み始めた本

ネタがありませーん。なので、読み始めた本を紹介

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エデンの花を全巻セットで購入。ブックオフでチラッと見かけた時から、気になっていた。

さすが末次由紀さん。レベルが高いです。

一巻を読みきったところだけれど、レベルの高さがうかがわれます。

はなしのテーマは、虐待と心の回復というところに収斂されていくのかな(1巻を見るかぎりでは)。末次由紀さんの作品は、動的なものという印象なのでテーマをコレッとしぼることが難しいですね。ぼくがいままで読んだ限りではひとりの人生を描くことに腐心している印象。このあたりはテーマを重視する作家さんと異なる感じがありますね。

ちょっとこれからどうなっていくのか気になるところです。

ちなみに虐待に関するはなしで言うならば、以前「校舎のうらには天使が埋められている」の記事でも書いた「逃げる」ことが1巻では描かれていました。これからどうなるのかわからないですが、この漫画にゆっくり付き合っていこうと思います。

そういえば「逃げる」といえば、今週のサンデーの『銀の匙』読みました?

すごくシンプルでわかりやすくこのテーマに対して回答していて、良かったですね。

なにか苦難に対面したときのアプローチとしては大きく分けて2つあって

  1. 逃げる
  2. 逃げない

という2択が挙げられます(なんか、RPGの選択肢みたいw)

ぼくとしては、どちらの選択肢もほどよく使っていくべきだと思っています。だいたい人間の経験する苦難ってのはヴァリエーションはあっても、画一的な対処法があるわけじゃないと思いますしね。

たとえば『3月のライオン』のひなちゃんはイジメという現実から「逃げない」選択肢を選んだ。これはこれで、ひとつの正解だと思います。

実際その道をえらぶことで彼女は「逃げなかった記憶」を手にした。

そういう姿は「かつて逃げた」経験を持つ主人公零くんに、勇気を与えたわけですしね。それはそれで、ひとつの正解だと思います。ひとつの行動が、別のものに影響を与えていく価値がそこにはある。

あるいは「逃げない」「正面から向き合う」ということの究極に近いのが『Carnival』ですね。この主人公木村学は、ある意味乗り越えてはいけないレベルの壁を乗り越えてしまった。

その姿はとても尊くて、ぼくに感動を与えたのだが、だからといって「じゃあみんなやれよ」ってなるわけにはいかない。あんな地獄の泥を踏みしめながら絶望に向きあう経験を知ろなんて、そんな残酷なことは言えません。

目の前に好きな人たちがいれば、ぼくは「逃げなさい」と言いますよ。別に逃げたって良いんですから。

逃げられないほどの絶望だったわけでもない(・・・はず)

あれは、木村学という傑物だからこそ「向きあってしまった」「向きあえてしまった」奇跡に近い(まあ、人間の可能性だとは思うのでだれでも「やれる」とは思いますが)

別にこの記事は『CARNIVAL』の紹介記事ではないので、このあたりにしておきます。

ここで言いたいのは「逃げる」ことは一概に悪いことではないんだ、ということ。失敗していない人間なんてこのせかいにどれほどいるんだ、って話ですよ。

『銀の匙』で語られることは、現実に生きているぼくたちに役立つ、いわば実学ですね。

それにしても今週の『銀の匙』は良かったなぁ。

おもしろかった!

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アマゾンだとめっちゃ高いので、興味のあるひとはDMMから購入することをお勧めします。マジ傑作。

2012年3月20日 (火)

1コマ1コマの描きに躍動感があるー『さよなら群青』を読んでの覚書

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さよなら群青

評価 4 (4.0)

個人的評価 4 (4.5)

ぼくたちはさまざまな「壁」によって視界を奪われている。功名心、嫉妬、羞恥心、優越感、、、etc

これらはすべて、「ひと」との比較の中で生まれてくるものが多い

さよなら群青の主人公「グン」は、16年間「ひと」を知らなかった。女を知らず、父親以外のおとこを知らなかった。

かれは自然とともにあり、しがらみのない存在として描かれる。

かれの眼にうつるのは、「醜い」も「うつくしい」もみな等しく映る。どれもが「知らないもの」「知るべきもの」として等価に扱われる。

野生に生きたものが「社会」を知るという物語は、ガラスの仮面「オオカミ少女ジェーン」「奇跡の人」などをはじめとして、ちょこちょこ見ることができる。

「ピアノの森」の一ノ瀬海なども、タイプは違うがそこに分類することができるかもしれない。

こういう物語にはいくつかのメリットとデメリットがあると思う。

メリットは、「虚飾をはいだ人間」を描写しきることができること(本作ではここが強調できるだろう)、「ありのままの世界をみる」代弁者を用意できること(あくまで作者の想定するという前提の上ではあるが)などがあげられる。

デメリットは「差別をしることによる変化を描かれない」傾向が強い、ということだろうか。

後者のデメリットに関しては仕方がないところもある。物語中で主人公が特別である所以は「差別の少ない」ことにある(あえてないとは書かない)

かれがその特別性を失えば物語の魅力の一部が減じてしまうことになりかねない。仮にその変化を描くのを良しとしてもそれにはそれなりの時間がかかってしまう。

パターンとしては何十巻もかけて徐々に変化を描いていく。あるいは一気に数十年後にとばしてその変化の差をみる、などがある。

どちらにしても力量の問われる作りである。そもそも作者がそういう変化を書きたいのかどうかすらわからない。

あくまでここでデメリットとあげたのは、ぼく個人の感覚である。ただ、この主人公グンが、10年後、20年後にどういう人間になっていったのかは興味引かれることである。

「殺し屋イチ」という物語では、主人公は凡人になって終わる。かれの殺しの才能は青春の一衝動であり、多少の異端は東京という大都会ー平凡さーに呑みこまれてしまう。

グンがこれからどのような変化をたどるのかは、この物語では描かれていないからわからない。

物語のラストはありのままの自分で海を泳ぎまわる主人公たちが描かれる。それは「この一瞬」を切り取ったものなのか、それとも「これからの未来」を暗示させるものなのか。

愛する人を得て、社会に呑みこまれ、かれがどういう風に生きたのか。

島に残っていたらどうであろう。都会に出ていったらどうだっただろうか。

そういうことを想像しながら、この漫画を読んだ。

1コマ1コマに躍動感があるとても良い漫画だった。

生きることの醜さを美しく描いた良作ー放課後保健室ー

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放課後保健室

評価 4(4.5)

個人的評価 4(4.8)

ずーーっと、気になっていたのだけれど読んでいなかったので読了。

これは久しぶりにいい作品でしたね。

水城せとなという作家さんをぼくは『恋愛ショコラティエ』から読み始めたのですが、これが驚くほどに趣味の合わない作家さんです。

だからというわけでもないのですが、この作品でも共感とかセンスオブワンダーとかはほとんど感じなかった。

だからといって出来が悪いかというと、そういうことでもなく、このレベルで作り上げられたらブラーヴァという他ないレベルの出来でしたね。

学校に現れる謎の教室。秘密の授業。夢の中でじぶんの真実と向き合いながら「卒業」を目指して殺し合い進んでいく。夢と現実という両界の狭間で「うえは男したは女」という主人公は夢幻の境界を歩いていく。

こんな残酷で美しい物語は久しぶりだった。このブログで紹介したか覚えてないのですが、「この自由な世界で」という傑作を見たときくらいには素晴らしいと思いましたね(あの作品も夢がなくてまったく趣味じゃないんですが、完成度がめっちゃ高いんですよ)

この物語はすべての話を通して読むことではじめて正当な評価を下せる作品だと思います。「ひとは生きているだけであらゆるものを踏みつぶしているんだ」という、当たり前のものが当たり前に描いてあるのが良かった。

水城せとなさんはそういう世界観を徹底的に描かれる方なので、ほんとにぼくの趣味とは合わない!

でもここまで徹底されると褒めるしかない。

これは久しぶりの良作でした。

放課後護憲室ーストーリーラインー

ある日、一条真白は保険医に呼び出され地下の保健室に導かれる。そこでは学校を卒業するための「放課後の授業」が行われていた。

毎週木曜日におこなわれる謎の授業。

夢の中で互いが互いを殺しあう凄惨な授業はいったい何のために行われているのか。卒業のために鍵を求めるものたち。夢の中では各個人の「真実」が具現化する。

かれらはなぜそんな姿なのか。どんな過去があったのか。

上半身がおとこで、下半身がじょせいの真白は、唯一「ありのまま」の姿で授業を受けることになる。

人間とはいかに醜いものなのか。真にうつくしいものとはあるのだろうか。

「卒業」のイニシエーションの残酷さにそれは現れているのかもしれない。

追記

タイプとしては「ぼくらの」と対比させてみることができると思う。テーマは被ります。

あと、「ネギま」の超の世界にも通じる。あっちが超マクロから攻めているのに対して、こっちは超ミクロから攻めている。この対比は「ぼくらの」とも同じですね。

追記2

あとこういう世界観が好きな人は、ゲームで言うなら『シンフォニック=レイン』がお勧め。半日ちょいかければ終わるので、一度はやるといいよ。

アニメでいうなら『少女革命ウテナ』とおなじ系列です。あの雰囲気が好きな人は、この漫画を読んでみるといいです。

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2012年3月19日 (月)

音楽を題材にした作品は結構好きらしい

言及してたかどうか忘れてたので、軽く紹介。

じぶんは音楽を題材にした作品ってのが好きらしいです。

それはおそらく「言葉では伝えきれないなにか」を音楽を透して表現しているんだと、感じているからだと思いますね。

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限りなくじぶんをさらけ出す行為のひとつが音楽なんだ、と捉えていますね。

ちはやふる16巻―綿谷新の帰還―

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評価 4(4.0)

個人的評価 4(4.5)

ちはやふるの最新刊読み終わりました。

全国大会に優勝した千早たち、つぎは個人戦です。

ぼくはちはやふるは雑誌で読んで、単行本で再確認しているんですがやっぱり末次由紀さんはマンガがうまいのが、最確認されます。

この巻から復活したあらたが登場しているのがポイントですね。

主人公たちがつよくなって強くなって、全国に手をかけられるようになってから再度登場した綿谷新。

雑誌連載のほうをみているとわかるのですが、綿谷新というのは天才ですね。成長した千早たちのうえを悠々と登っていく。

マンガにおける天才はいくつか分かれると思うのですが、綿谷新はその中で「ピアノの森」の一ノ瀬海タイプの天才に近い描かれ方をしていますね。

正直この巻に関してはあまりいうことがないので、次の巻に収録される真島くんと新くんのそれぞれの戦いが待ち遠しいですね。

一ノ瀬海と雨宮くんの関係に似た、天才と凡人の対比が描かれていますね。

追記

周防名人はまた別枠の天才ですね。天才の分類で言うならしゃにむにGO!とかがわかりやすい3分類で描かれている。あそこに落としこむなら、周防名人は井手+佐世子、新くんは滝田+佐世子タイプかな。

 

 

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言及し忘れていたのでメモ

さきほど氷結鏡界のエデンの9巻読了。

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この人の作品はデビュー作の「黄昏色の詠使い」から読んでいて、好きなのですが、思い出してみるとこの作品とネギま!の関連について言及し忘れていたなー、っての思い出しました。

そのうち記事にしたいなーっては思っているんですが、いかんせん黄昏色の詠使いを読んだのが結構前なのでねー。

そのうち読みなおした時にでも書きたいと思います。

一応ポイントだけ書いておくと

ネギま!のネギと明日菜がもっと「主人公」だったら、描かれていたであろうという物語ですね。つまりネギま!の(おそらく)けっして描かれない明日菜エンドのひとつの形だと思います。とても繊細で好きな物語ですね。ネギま!が「新しい」物語とするならその逆にとても「旧い」物語です。ネギと明日菜の関係が好きな方にはオススメな作品です。

 

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2012年3月17日 (土)

ぼくの見たネギま!を語ってみるよ~―「誰」に「なに」を届けたいのか

LDさんのネギま!最終回漫研ラジオに参加させてもらいました。みんな色々な考えがあって、聞いてて楽しかったw

さて、みんなのはなしを聞きながら考えていたことがあるのでちょっと書き起こしてみようと思います。ポイントとしては前回の記事の延長にあるので、それを再度取り上げながら話すと

  1. ネギま!のエンディングは「魔法エンド」なのではないか
  2. 「魔法エンド」になってしまったのは「子ども」に「未来を信じてもらいたいから」ではないか
  3. これはネギま!の「限界点」ではなく、「選択」だったのではないか
  4. ただ「猫箱に閉ざされた真の世界」というのがあるので、それの暗示として「ナギ」が「独り」でいるのではないか。かれは「世界から半歩はみ出た」存在なのではないか

ということですね。

これらはどこまで言ってもぼくの「妄想」にしかならない話です。でも、「誰に」「何を」伝えたいのか、ということからの類推でもあります。

ちなみに上記のようなことを自分でかってに直観してしまったため、最終回のCAST以降は超フラットな感情で読んでしまいました。「あー、この箱の中ではこういう論理的結末を備えているのか。すげぇなぁ」みたいな感じ。もちろん感動したんだけれど、情動としての感動はナギとネギのやり取り(前回の記事)がMAXでしたね。

「なんでこの親子はこんなに異なる空気でいるんだ?」と

これは、ボクの勝手な表現で言うと、

未来を語る子どもとそれを見守る大人

という構図に見えるんですよね。

どちらにでも感情移入できるように、両者の対比があるんじゃないかな。

で、上記の列挙を用いて、再度説明しなおしましょうか。

まず2「「魔法エンド」になってしまったのは「子ども」に「未来を信じてもらいたいから」ではないか」これは「誰を対象」に「何を伝えたいのか」ということですね。

この作品のグランドテーマとして「少年の成長」というのがあるので、そこから

対象:子ども

テーマ:成長(未来は自分で作れる)

という話に移行したんだろうと思います。

別の記事で「成長」(モチベーション)ということを題材に書いていたんですが、そのなかで「どうやって成長させるのか」という問いに対してぼくは「一つのことを信じさせる」のが良いのではないか、と書いたことがあります。

これは「未来を信じられない」から「眼の前のことをみていく」という考えなんですよね。いまのみんなは先を見るので「ああ、この道は行き止まりだ」といって「足を止めてしまう」

昔なら「でも未来はある」といって進めたんだけれど、いまはそれが信じられないから、対応策として「一歩前を見る」ということを書いたんですよ。一歩一歩進んでいって気づいたら「あれ、壁を超えていた!?」これがいいんじゃないかな、というつもりで書いていました。

でも赤松さんのネギま!は38巻という壮大な物語を用いて「いや、未来は信じられるんだ」「きみたちが自分で世界は変えられるんだ」という壮大な騙しをかけているんじゃないかと言いたいんです。

ここで騙しといっているんですが、これは悪いことではない。

このブログを読んでくださっている方はそれなりの年齢の方が多いんじゃないかなと思うんですが、そういう方々が同意してくれるだろうと思うのは

大人は子どもとそんなに違うものではないよ

ということ。

完璧ではない。

人並みに欠点もあれば、コンプレックスもあるし、ぼくたちが子供の頃イメージした「大人」とはかけ離れているんじゃないかな?

でも、じゃあ大人と子どものなにが違うのかというと、勿論異論は認めるんですが、子どもの前で格好良く在ることなのではないかと。

あるいは別の言い方をすると

子どもの未来を守ること

それは「苦しみがすくない社会」「自分たちの負債を残さない」とかいろいろあるけれど、その根本は「大人になることに希望を与えていく」ということなんじゃないかな、とは思います。(ちなみに子どもには子どもの一個の人格があるので「守る」という表現は好きではないのですが、これは大人の「自負」の問題だとおもいます)

で、この「大人になることに希望を与えていく」というのは要約してしまうと「子どもの前で格好をつける」ってことなんですよ、おそらく。

ドラえもんとかクレヨンしんちゃんなどで「父ちゃんすげー」ってのは、あるいは様々な物語で「大人が格好いい」のは未来のための「幻想」だった。

ただ、今の社会は相対化されてしまってそういう幻想にコミットしづらくなってきてしまったんだと思うんですよ。残ったのは「師弟関係」とか「かつての幻想を追い求める」という小さなものしかなくなっていた。

でもそれって先細りになるとぼくは思っていて、ここを打破するのは「物語」「虚構の力だ!」とは思っていたんだけれど(以前コクリコ坂とかの記事で書いてます)、「じゃあ実際それをするにはどれほどの力量が必要なの?」って疑問が湧いてくることになると思うんですよね。

これは書いてないんだけれど、そこをフォローするのがビオトープの管理者:キュレイターの役割なんだと思っていました。超超末席とはいえ、ぼくも「自分の視点で見たものを伝える」という役割を背負ったからには気づいたと思ったことは「書いて」「伝わる」(伝えられる)ようにしなくてはいけない(まあ、いま明確に自覚したんですがw)

でも赤松先生はそこを自力で乗り越えようとしたんじゃないか、と思うんですよ。

自分の作り出せる物語の能力すべてを用いて、それこそ「世界を変えるため」に物語を書いた。

これはあくまでぼくの妄想なんですけれどね、そう考えると胸が熱くなって来ませんか?

それこそ「ネギが未来を変えていったように、赤松先生も物語ひとつで世界を変えようとしたんだ」、と

超が言っているじゃないですか

今日一日せめて明日一日 憎しみも悲しみもなく 世界が平和でありますように

それめっちゃ、感動だよ!これ、赤松健先生のメッセージじゃね!?って思うよ!ボクが勝手に言っていることかもしれないけれどさ、そう考えたいんだよね。

ぼくの忘れられない趣旨のセリフに(何の作品かは忘れたんですが、ガンダムとかルルーシュだったとは思うんだが)

永遠でなくてもいい、短くてもいいから「戦争がなかった」という世代を作りたいんだ。

というセリフがあります。

これはぼくなりの解釈で言うと「戦争がなかったという世代の記憶は受け継がれていくんだ。それが世界を変えるんだ」ということだと。

戦争がなくなるなんてことはない。絶望が消えることはない。

でも夢をもって叶うと信じて行動したから何かが変わったんだと思うんですよ

こういうメッセージを込めて赤松先生はネギま!を作ったんじゃないか、なんて思います。

そこでそう考えると 1「ネギま!のエンディングは「魔法エンド」なのではないか」 というのは意図して選択されたのかもしれない、と思うんですよ。

つまり 3「これはネギま!の「限界点」ではなく、「選択」だったのではないか」ということです。

ボクが言いたいのは、「ネギま!」はハーレム構造が重点にされたから「限界」を迎えたということではなく、伝えたい相手に伝えるために「選択」したんじゃないかとおもうんですよね。

(ただこの「限界」はハーレム構造のものとは、重なるけれど別の限界かな、と。ただ「誰もが納得しうるエンド」を得るために選ばれた結果「重複」を得たのではないか、なんておもうけれど・・・ハーレム構造についてちゃんと理解しているか自信がないところもあるから不安wまったく別物だったらすみません

この主張の補足として「ネギま!読者がどんどん低年齢化した」らしい、という話をきいたのも理由です。

でも、ネギま!の読書は子どもだけではありません、そういう相手のために最終回で「ナギ」を出したのではないか。

つまり 4「ただ「猫箱に閉ざされた真の世界」というのがあるので、それの暗示として「ナギ」が「独り」でいるのではないか。かれは「世界から半歩はみ出た」存在なのではないか

ということ。

もしかしたら「大人」の見た真実は「絶望」なのかもしれない。でもそれをみて子どもが屈してしまっては、「立ち上がることができなくなってしまうかも」「世界を変えることができないかもしれない」「未来に夢を持てないかもしれない」

だから大人はそれを「猫箱に隠した」

これがぼくのいう魔法エンドの真実です

この大人(隠居するものたち)の比喩が「ナギ」で子ども(未来を作っていく)ものの比喩が「ネギ」

最終回のナギはそういう「サービス」が含まれてたんじゃないかなぁ、ってぼくなんかは「妄想する」

こんな意見に証拠なんて無いんですよ。

それこそこれも「猫箱に隠された真実」だから。

だから「どういう意図があるのか、猫箱の中から選ぶ」のも僕たち自身の「選択」だと思います!

さて、ラジオの感想に絡んだ記事の補足はここで終了~

(ラジオでは「ネギとアスナに一夜の過ちがあって子どもができたんですよ!」とか言ってた男が、んなこと書いていいのかw とか思うんだけれど、まあ、いいや~)

ネギま!は傑作なので、みんな一気に読んでみるといいよ。マジで!

 

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ネギま!とは異なるけれど、脱英雄という物語。群像劇としての傑作に「BREAK-AGE」が存在する。

きっとネギま!とつながるんだけれど、まだ明確に先が見えてない印象。でも間違いなく傑作。読んだほうが、マジでいいわ。

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2012年3月15日 (木)

趣味を生きる―目次的な何か―(最新記事をすぐ反映するとは限りません)

思考メモの保管場所みたいにもなっています(総論と各論は被ってたりします)

総論?

「冷たい社会」と「熱い社会」

-楢山節考

-キリンヤガ

自分の志向する方向とそれを説明する概念-

カオスとコスモス

-祭り

-西田幾多郎

-四方世界の王

ことば ←関連 音楽

イジメについて    スクールカースト

愛について―ただ独りで世界にある怪物たちバサラにタナベ  プラネテスとネコあね。  ここに独りで立つという幻想を見よう。

他者 メモ1  メモ2(シンフォニック=レイン)  メモ3(少女ファイト)

現代について メモ1  グーグルプラス 東京原発  Jコミ  キュレーションの時代

思考の垂れ流し(アニメとかの感想も)          10 11 12 13(幻想について) 14(犠牲)

モチベーションに関するメモ   大人と子ども コツコツの強み

医学学習 勉強道具

各論

ネギま!

名探偵ネギ  二項対立の先を行く  ネギま!最終回「魔法エンドここには在るのではないか?」シンフォニック=レイン記事うみねこ記事に関連します  ネギま!はだれになにを届けたいのか その他関連  2 3   

QED 証明終了 41巻

真月譚月姫 ファンタジーの世界―夢の世界―

ましろのおと 引き継がれるもの

ネコあね。  1巻 4巻

ミルキィホームズ 感想  ミルキィの色 バリツの秘密 可能性

魔法科高校の劣等生 血縁関係があるからいいんじゃないか

めだかボックス 球磨川ボックス  

プラネテス 黒猫さんについて 愛のルール1 2

おとといキマスター 感想

青空エール モチベーションと成長について

放課後保健室 その過酷な世界にエールを

サイバーフォーミュラ SIN 独りで世界に対峙する者に祝福あれ  -ポテトとアスラーダやレイジングハート  最強の主人公を倒すブリード加賀とは何者なのか?

シンフォニック=レイン 感想

イブの時間 紹介

まどか☆マギカ QBの的はほむらだった!?  最終話感想

少女ファイト 丁寧に生きるということ

ちはやふる 感想1 感想2 感想3  感想4  ←関連 継承の物語

ベイビーステップ 積み上げるつよさ

黄昏色の詠使い 補足1

さよなら群青 感想

名作 カッコーの巣の上で

ラジオの予定―大『魔法先生ネギま!』ラジオ第二回に参加させてもらう予定です

今週金曜夜10時(つまり明日)から『ネギま!最終回ラジオ』に参加させて貰う予定です。

場所はここ http://www.ustream.tv/channel/manken

ぼくは仕事がギリギリなので、微妙に間に合うかなーってところなんですが、頑張って間に合うようにしたいと思います。

まあ、LDさんをはじめ豪華な方々がいらっしゃるのでぼくの出番はそんなにないと思いますが、ネギま!を好きな方々は聞いたら面白いはなしを聞ける機会だと思うので是非。みんなの最終回に対する思いを聞けるのはうれしいところ

2012年3月14日 (水)

ネギま!最終回メモ―うみねこの魔法エンドがここにあるのではないか?―そして、赤松先生面白い作品をありがとうございましたぁぁぁぁ!(という話)

いまさっきネギま!の最終回を読み終わりました。

9年間に渡る連載の結実がここにある、という感覚です。赤松健先生、ホントにお疲れ様でした。素晴らしい物語をありがとうございました!

さて、この最終回素晴らしいエンディングだったんですが、なんとなーく気になるところがあったので、そこにたいしてちょいちょいメモを残しておこうかな、と思います。

タイトルの表題に在るように「ネギま!のエンディングはうみねこの魔法エンドなんじゃあないか?」ということです。

これはけっこう無根拠な「印象」を前提にしているのですが、そう考えると自分のなかで腑に落ちる部分があるんですよね。

ちょっとその前に「魔法エンド」とはなにか、という話をしておきましょうか。

同人ゲーム「うみねこのなく頃に」というのは絶大なブームを引き起こした「ひぐらしのなく頃に」を生み出した竜騎士07さんの傑作ゲームのひとつです。

昭和の末期にある無人島六軒島で引き起こされた怪事件。それを軸としたサスペンスゲームです。

第一話では「古典的」な館ものミステリが描かれるのですが、二話以降は超メタミステリが展開されます。この物語の軸は「魔女はいるのかいないのか?」

島で起こる事件は人間が引き起こしたのか、それとも魔女が引き起こしたのか?

館のなかで起こる殺人事件、そしてそれを「盤上」と表現して外から眺める「人間:バトラと魔女:ベアトリーチェ」の「この事件を引き起こしたのは魔女か人間か?」という応酬がキモとなります。

物語を眺めている僕たちは盤外のバトラたち、そして盤上で殺されていくバトラ達を眺めるという、超メタ視点から物語を眺めていくことになります。

ベアトリーチェは「この事件は人間には引き起こせない、だから犯人は魔女」と主張し、バトラ側人間は「いや、すべてトリックだから人間に起こせる出来事」という主張をします。魔女側が「問題作成者」、人間側が「回答者」となるわけです。

「魔法エンド」というのはこの物語のラストでぼくたち読者が「唯一」選ぶことのできる選択肢です。その物語のラストでぼくたちは「魔法を認めるか否か」という決断を迫られる。

この「魔法エンド」を選ぶと、そりゃもう素晴らしいエンディングが見られます。

うみねこをやっているひとは「祭囃し編」のエンディングを思い出してもらえるといいと思います。あらゆる困難は解決され、世界は希望にみち、絶望を人間は乗り越えることができる。奇跡は世界に満ち満ちている、きんもちイィ、エンディングです。

ただ、うみねこにはもうひとつ「人間エンド」という結末があります。

これは「魔法を否定」し、絶望に満ち、苦難が目の前に広がり、ありとあらゆる困難や絶望に圧倒されるエンディングとなっています。まぁ、一見して「BADエンド」なんですけれどねw

でも、ぼくとしてはこのBADエンドこそが人間の取っていく道なのではないかな、と思うわけです。魔法エンドにも心惹かれるんですがぼくは人間エンドを支持したい。

おい、ネギま!のエンディングのはなしをしろよ!、という声が聞こえてきそうなので前置きはこれくらいにしておきましょう(笑)。魔法エンドと人間エンドはネットでしっかり書いてくれている人もいるので、一読してみるといいでしょう。でもその前に、できることなら自分の手でやってみて下さい。たぶんあなたのみたことのない物語を目撃できます

・・・はいはい、ネギま!の話に戻りますよ

そこでネギま!のエンディング

ぼくはこの「ネギま!」の「一見平和なエンディング」というのは「魔法エンド」

すなわち幻想なんじゃないか、と思うんですよね。

これはエンターテイメントに徹した赤松さんなりの皮肉が込められているのかもしれない、と(いや、そう思ってないかもしれないけれどw そうぼくには見えたんだ、と言うのがポイント)

まず気になったポイントは最終回のこのシーン

1

ネギがナギに対して「自分の希望(仲間)に会ってくれ!」とナギに熱弁するシーン。

答えるナギはいったん目を閉じてから「そっか・・・」「会ってみてぇな」とつぶやく。

明るいシーンなのに、ここだけ余韻が感じられます。

まるで「かなわなかった夢」を見るかのように・・・

その後CASTといって、ネギのクラス全員の「その後」が描かれる。

ぼくはこのシーンをみた時にすっごい気になったんですよね。

で、気になった理由を考えると、過程は如何であれ「魔法エンド」「幻想エンド」なんじゃないかな、と。

最初に「無根拠なカン」のようなものだ、と言ったんですがもうちょっとこういう結論に至った理由について話をしましょうか。んー、ちょいと箇条書きにしてみると

  1. ネギま!の特性について―ネギの能力とアウローラ(ちょいこじつけっぽい理由だとは思うが、うみねことの関連を意識してしまうので説明しよう)
  2. 映画版のエンディングへの違和感(DVDは見てないので、あくまで「映画」のエンディングについてです)

まず1について話をしましょうか。

昨日(ん?一昨日だっけ、ごめん寝てないから昨日ってことにするね)の漫研ラジオでペトロニウスさんやLDさんが語っていることを聞きながら思ったのが

ネギま!って過程を省略するよね

ってこと。

これねー、ネギ君にその特性がよく表れているんですよ。この一時を持ってして「ネギがネギま!の主人公としてふさわしい!」と思えてしまうくらい

あ、この「ネギま!の過程省略」についてぼくは説明しませんよ。面倒くさいし。ただ、この最終3章の「すっとばしかた」は傍目にわかりやすいので、直観で理解して欲しい。

で、この「ネギの特性」ってのは魔法界編のラカン戦直前が顕著です。あ、ちなみに、いま以前にもこのブログでは「ネギは正しい問を立てれば過程を省いて結論を手に入れる」趣旨のことは語っています。いや、「ここにつながる」とは思ってなかったんですがw

魔法界編の直前だから、30巻くらいだっけな。新魔法ティクタノンとか雷天大壮(雷化)が出た頃です。ティクタノンとか雷化、というのは「通常なら数年かかるものを3ヶ月?(んな、長かったっけな??)くらいでネギが開発」した魔法です。

一般との差異については、VIP席の皆さんが懇切丁寧に解説してくれています。読み返してみると、その説明の丁寧さに驚きますよ。

それ以外にも「世界を解決する手段を見つける」ところもそうですね。あらゆる人間(魔法界人)たちがどうしようにもできないことを、たった10歳の子供がちょっと考えただけで見つけてしまう。

こういうチートを持っているのが「ネギの特性」です。

これは、「因果さえあれば過程を省く」ことのできる能力だと思うんですよね。

で、こういう能力をもっているひとがうみねこにいるわけですよ。それがアウローラさん

はいはい、このひとです。

このひとの戦闘方法ってのがまさに「チート」なんですよね。「因果さえあれば過程を省ける」能力の持ち主。

あいてを「ふっとばす」と決めたら、「その理由をでっちあげられるなら」「ふっとばせる」(そう記述はしていないけれど、そういう能力だと認識しています。ゲーム中では「べつにどんな理由でも作れるから、まぁふっとんどけ」みたいな描写だったと思います)

で、おもしろいのはこの人がでばってくるのは「魔法エンド」のときぐらいなんですよね。ある時空でこのひとが「人間」として現れるシーンがあるんですが、たしか「人間エンド」では会えなかったんじゃなかったかな(記憶が曖昧。間違えてたらごめん)

つまり、こういう「チート」を使うこの人が前面に出てきたときは「魔法エンド」のときなのかな、と。この前提で考えてみると、「チート」が目立つようになってきたのは魔法界編からかなー・・・つまりそこから「幻想?」なんて、想像もできます。

もちろん赤松さんが「うみねこ」を知っているかどうかは知りませんよ。だから「うみねこで「魔法エンド」に「チート」がでばるといっても(仮に正しいとしても)、それがネギま!に適用できるとは限らない」。その意見は正しい。

だから最初にぼくは「こじつけ」って書きましたよw

ただ、そういう風に見える側面がある。そのことを覚えておいて下さい。

じゃあ、次に2についてはなしをしましょう

こちらは「ネギま!」のはなしなので、もうちょっとは納得がいきやすいかと思いますよ。

・・・えっと、みなさんネギま!の映画見ました?劇場で。

もうね、ぽかーん、でしたよ。はい、ぽかーん・・・

終わった後に「え?なにこれ?」ってはなしです。

でもね、赤松さん的には「OK」らしいんですよ(ぼくの聞く限りでは)。ぼくはDVD見てないので、30分追加されてどうなったのか知らないんですが、仮にこれが「OK」(大人の事情でOKと言わざる負えない、以外の場合)だとしたなら、エンディングプランBとか言ってますし、つまりこの映画には「意味」があるんですよね。きっと。

映画のあらすじをざーっとはなしをしてみましょうか。

まず魔法界のはなしは終わっているんですよ。「いやー、すごい戦いだったね。あの時ネギ君が~~して造物主を倒して。いやー、すごかったぁ」とか言っているわけですよ。視聴者は「・・・え?」な状態です。

そこから麻帆良学園にもどってネギ君に与えられる使命が「だれをパートナーとしてひとり選ぶのか?」。で、ドタバタコメディして、世界樹がぴかーって光る。ぴかーってね。

何があったのかと思ってみんな集まると、さても大変「火星が落ちてくる」・・・・は?

そこで、いきなり学園長が現れて曰く「どうやら造物主の欠けた最後の呪いで地球に火星が落ちてくるらしい(はぁ、ようわからん)。それを回避するにはネギがパートナーを独り選ばないといけない(なんでだろう?)」とのこと。

で、悩んだ結果ネギ君の出した結論が「みんなと契約します」なんですよね。いみわからないんだけれど、仕方ないんですよ。

周りからは「むちゃだー!」とか言われるんだけれど、魔法界での激闘を繰り広げたネギ君はそれを成功させてしまう。学園長「われわれはかれを見誤ってた」みたいなことを言う。

で、全員で火星に挑むんですよ。

んで負ける。

そのとき空からチャオが降ってきて「きみは間違えてない」といってネギと契約をする。

これで生徒全員集まって火星を撃破!

世界はなんだかんだあって魔法のことがばれ、幸せにおわる・・・

ざーっとはなしをしたんですけれど、こんなはなしなんですよ。DVDがどうなっているかは知らないけれど、少なくとも映画はこんなのだった。

意味がわからないんだけれど、「これでいい」んですよ赤松さんは(聞く限りでは・・・どっかで不満もらしたかな?)。

で、ひどいよねーってはなしをしていたんですよ。そしてあるとき映画を見終えた海燕さんとはなしをしたときにいわれたのが「これってコスモエレケンティアに取り込まれた世界なんじゃないの?」ってことば。

納得しました。

それならよくわかるんですよ。ネギにとって「都合の良すぎる世界」なので。

さて、そこで今回の漫画版のエンディングに戻りましょう。

ぼくは「映画でBADエンド」「漫画でGOODエンド」を描くと思っていたけれど、もしかしてそれは勘違いだったのかもしれない!

そうではなくて、赤松さんが描きたかったのは「魔法エンド」「幻想エンド」なんじゃないか、ということなんですよね。

思い返してみれば赤松さんが言っているのは「エンディングプランBです」なんですよ。最初ボクが考えたのは「Aとの対比のB」で、でもいま主張しているのはそうではなくて「Aと同種のB」だったんじゃないかな、ってこと。

そこで竜騎士さんのはなしに戻ります。

かれは「うみねこ」で「魔法エンド」「人間エンド」を描く前に「ひぐらし」で大団円エンドを書いているんですね。ぼくは以前Twitterであるひとに「竜騎士さんは最初から「魔法」と「人間」のエンドを意識していて、「ひぐらし」のときは読者がついてこられないから「魔法」エンド=祭囃し編を「ひぐらし」のラストに持ってきたんじゃないか」、ってはなしをしたんですよ。うみねこはひぐらしで「レベルの上がった」読者を前提に作られているんじゃないか、と。

あと「ひぐらし」のときは「エンターテイメント」を重視したんだと思うんですね。だからあんなに「売れた」。それも一因は「魔法エンド」のわかりやすさにあるんだと思います。きっとうみねこはひぐらしより売れてないんじゃないかな(どうだろ?)

赤松さんがやったのも「そういうこと」なのかもしれない。「エンタメ」を重視した結果なのか、「読者がついてけない」からなのかはわからないんですけれど(たぶん前者を重視して後者を考慮だと思う)

あれほど頭の良い人があの映画を「よし」とするのは、意図あってのことだと思うんですよね。

そういう理由とかを考えると、このネギま!のエンディングというのは、「意図して魔法エンド」を創り上げられているのではないか、と。

こういうところから、ぼくは「ネギま!のエンディングはうみねこの魔法エンドなのじゃないか?」としゅちょうするんですよね

さて、まとめよう。

これが仮に、あくまで仮に正しいとして、赤松さんが「こういう選択」をとったことにぼくは「限界」もしくは「皮肉」を感じてしまう。

これは「エンターテイメント」という枠組みの中にある「限界」であり、その先を超えていくと読者がついてこられないという一流の「ジョーク」を感じてしまうのだ。

ここまでのはなしはぼくの妄想に近い騙りごとではあるが、でも、ぼくにはそう見えた。それはやはり意識してもらいたいところです。

これが現在での極地なんだろうな、と思う。

しかしぼくは満足です。つーか、不満なんて・・・ね(まぁ在るところもあるけれど、些細なものです)。

ここまで限界に挑んだ作品ってのは近年見たことがないレベルでした。これほどエンターテイメントしている思考の娯楽ってのは、なかったです。

エンターテイメントの最前線を走る人間の残した偉大な痕跡と、ネギま!という傑作を残してくれた赤松先生に敬意を表してこのはなしはここで終わりましょう。

赤松先生、おもしろいものがたりありがとう!!

追記

仮にこのはなしが正しいとして、赤松先生が「エンタメから先」、つまり「ひぐらし」のさきの「うみねこ」をやるのかどうかというのはボクにはわかりません。やるなら応援しますし。やってもらいたい。でも漫画はノベルゲーム以上に「エンターテイメント」であることが求められる。少年漫画では難しいかもしれない、とは思うんですよね。

追記2

なんとなく、ネギ君がくっついたのは茶々丸さんな気がしてきた・・・(ぼくはアスナさんとくっつくと嬉しいんだけどね、・・・うん、ないね)

追記3

http://yaraon.blog109.fc2.com/blog-entry-3623.html

http://jin115.com/archives/51806302.html

ちょい調べたら、赤松さんは映画に対して不満があったみたい、でも「シナリオの前提」に不満があるのであって、ああいうエンディングについては「良し」ということなのかな?

仮にそうなら、「シナリオの見せ方」に問題があるのであって「ああいう結末」自体はOKということかなー。まあ、だとすると「魔法エンド」主張は崩れないわけですが(あくまでぼくにはそう見える、というだけだけれど)

ちなみにシナリオの粗の部分が、魔法エンド的なもの感じさせる部分を際立たせた側面はあるかもしれない

追記4

ちなみに「魔法エンド」というのは「ファンタジーやエンターテイメントの背負う宿命」にちかいところはあるのかな、と。

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追記5<最終回の感想書いている人がいろいろいたね>

1日たっていろいろ書いてくれている人たちがいた。とにかく漁って、楽しく読ませてもらいました

林原館長活動報告書

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江戸前ネギ巻き寿司 重婚説は面白いな~

くろうのだらオタ日記  「確定されたハッピーエンドが出来た事により、そこに至る『幸福な時間の物語』が全て『再現』された」というのは、ボクの表現でいう魔法エンドにつながるなー。ちなみに魔法エンドというのは「ファンタジーの要請」という側面もあると思うんですよね。「良い悪い」ではなく「ファンタジーであるが故の制限」に近いものではないかな、と

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カラフルカーニバル

うわっつらな進化する日々

カートゥーン☆ワールド この「わずかな勇気が本当の魔法 少年少女よ大志を抱け その一歩が世界を変える」というのは、「夢がありすぎるように」思うところはあるんですよね。さっきのファンタジーの要請がそうなんだけれど、「夢を見せる/見られるようにすること」というのはある種大人の仕事で、「こういうエンディング=魔法エンド」というのは「夢を信じられるがためのエンディング」だと感じています。だからこのエンドが「悪い」とか「良い」という括りで話したのではなく、「そうなった」「そうなるように設計された」ことに意味があると思うんですよね。まぁ、魔法エンドってのはぼくの妄想的な話ではあるのですが、それを前提に話をしていますよ~

低予算ブログ

鈴きん的。

 


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2012年3月13日 (火)

天才をひきずり落とす凡人のテンプレートとは―拝啓アインシュタイン読んでふと思ったこと―

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評価 1

個人的評価 2

天才ってのは理解できない生き物として描かれることが多い気がします。「おまえってなにを考えているかわからない」というのは、「天才」キャラにつきまとう称号のようなものです。ぼく個人はほんとうの意味で「思考のぶっ飛んでいる」存在ってのが好きなのですが、そのはなしは別のところに譲りましょう。

この拝啓アインシュタインは「天才と凡人」の恋の物語である。はなしとしては「ああ、おもしろいね」というくらいなのだが描かれている表現から思いついたことがあるので書いてみます。

ぼくは少女漫画を読んでいると「天才」のために孤立する。という描写をよく見かけます。

一番在るパターンはそのビューティーさのために「遠巻き」にされてしまう場合です。桜蘭高校ホスト部なんてのは、そのへんを逆手にとった作品で興味深いはなしだったりする。あまりの「美しさ」のため女子から一定の距離を置かれる性質を利用した「ホスト部」。つまり「だれをも平等に愛する≒だれをも特別に愛さない」性質をうまくもちいた作品です。そんな環がハルヒに恋をするのは、彼女が「外れた」存在だからってのはそういう構造を考えてみると納得が行く側面があります。とはいえ、今回はホスト部の話では無いのではここまでにしておきます。ホスト部はいろいろ新しい側面のある作品だとは思うので、機会があればまた取り上げたい。

次にあるパターンは変わっているから「遠巻き」にされること。これは少年漫画でもよく見かけるかたちですね。これの多くの場合は「コミュニケーションがとれない」ことに由来する。ぱっと思い出すのは「そらのおとしもの」の守形先輩

↑このひとですね

このひとなんかは「この世界には俺たちの知らない新世界があるんだ」といって周囲をどんびきさせている人物。じっさいはこのひとの見ているものが正しいってのが天才性の保障になっています。

ほかにもいろいろなパターンはあるにせよ天才というのは孤独になりがちです。

(個人的には、「理解されてしまう」と天才の天才たる保障がなくなってしまうから「孤独」という属性を持っているのかなと考えているのだけれど、どうなのだろう?ぼくとしては「理解されうる存在はただの天才だよね」って思ってしまうのですが、それもまた別の機会)

少女漫画なんかでは「孤独な天才」をどうやって「恋愛」にもってくるのかが勝負なわけですよね。言い方を変えると「どうやって堕落させるか」がしょうぶになる。精神的に異なる地平にいる天才を凡人たちの泥沼に引きずり込まないと勝負ができないんですよ。少女漫画のヒロインたちはそれを「成功」させて、その成功自体を男の子との絆にしてしまう場合が多い。

この漫画もそうなんだけれど、パターンとしては

  1. 天才は孤独
  2. そんな天才に近づいていくヒロイン
  3. あるとき天才の秘密を知る(弱み・人間らしさなどいろいろある)
  4. 天才がヒロインに目を向ける
  5. ハイ堕落決定!
  6. ヒロイン「しめしめ網にかかりやがった(にひひ)」

というパターンですよね(こう書くと少女漫画のヒロインこわいなぁ(笑))

じっさい、ヒロインが「にひひ」とか笑うわけではないけれど、やっていることはこういうことです。

天才の立っている孤独の地平からヒロインのいる「恋愛の地平」へ引きずり込まれる。まあ、ある種の「未知との遭遇」です。

この視点から眺めてみると、この漫画は「凡人」の視点から天才を引きずり下ろすテンプレートのような話に見えたんですよね。

べつに大したこと無い話なんだけれど、おお~、とか思った。

大東京トイボックスの1巻さらっと感想

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なんとなく気に入って買ってみたんだけれど、これいいわ。

ぼくたちは泥のなかで生きているようなもんだけれどそのなかであがきながらも前へ進んでいく姿が良かった

泥臭くて格好いい物語でした。おっちゃんのポーズの意味とか深読みしそう。

8巻くらいまで出ているみたいだから、全部読んだら感想書こう。

2012年3月11日 (日)

葉月さんかわいかったぁぁ

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葉月さんがかわいくて幸せでした~

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