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2012年2月18日 (土)

41巻の重み~ぼくたちはまだ燈馬想を知らない。~読者の視点が如何にフィルタリングされているかについて~(最強の主人公が最強の敵 ―知能の怪物―)

よのなかにはちょっと読んだだけで、ああこれはすごいんだ!という作品がある。

ぼくにとってそれは森博嗣氏の『すべてがFになる』であったり前述の『プラネテス』だったりする。そのなかのひとつに加藤元浩さんによる『Q.E.D 証明終了』もあげられる。これらの作品にはえも言われぬ余韻、が存在する。ぼくたちは『プラネテス』の1話をよみおえた瞬間、『すべてがFになる』のラストを読み終えた瞬間、にそれをかんじることができる。『Q.E.D』の第一話『ミネルヴァの梟』を読み終えたときにもソレは訪れる。これらの余韻というのは時間が経つにつれて変わっていくものだ。たとえばいま『ミネルヴァの梟』を読み返してみると現在の『Q.E.D』との違いに驚くことだろう。だけれどもそれは、名作に必ずやってくる変化の結果にすぎない。たしかにこれらの作品ははじめの頃に持っていた空気を失ったかもしれない。それはぼくたちの慣れによるものであったり作家の技術が、表現が洗練されていった結果のひとつであったりするだろう。それを嘆くひともいるかもしれない。なかには「ああおれの好きだった『Q.E.D』はいなくなってしまった・・・」というこえをあげるものもいるやもしれぬ。だがそれは、ひとつの結果にすぎない。等価交換の法則。何かを失えばなにかを手に入れるのだ。今回発売した『Q.E.D』の41巻『C.M.B』の19巻というのはそのひとつである。

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評価 5

個人的評価 5

舞台は国際司法裁判所。『Q.E.D』の主人公燈馬想と『C.M.B』の主人公榊森羅はある独裁者の判決をめぐって対決する。ぼくはこのものがたりを雑誌の連載で見ていたのだがそりゃあもうしびれたものだ。これがすごいのなんのすごくないのなんの、めちゃくちゃすごい内容だったのだ。このものがたりは『C.M.B』では2話『Q.E.D』では1話で語られている。雑誌の連載ではたった1ヶ月のあいだの出来事である。それでもこれほど胸のおどる対決というのは近年では『HUNTERXHUNTER』くらいしかなかったくらいだ。

ここで見てほしいのは「燈馬」という怪物が敵に回ると如何に恐ろしいのかということだ。『Q.E.D』はこれまで40巻の積み重ねがある。われわれは燈馬がどれほど知性にとみ、どれほどの孤独を抱えているのかを見てきた。それは一言に天才の孤独とかたづけるにはなかなかにおもく、ふくざつな感情だった。ぼくたちはいつも燈馬のそばからかれを見てきた。燈馬がいないときですら燈馬ならどのように考え、なにをなすかということを追ってきた。われわれはさまざまな軸から燈馬くんを追い続け、燈馬に接してきた。そして今回のものがたりでわれわれはあらたな軸から、かれをみつめることになる。すなわち「最強の敵」としての燈馬想を見ることができる。これの何処がすごいのだ、そういうひともいるかもしれない。いや、すごいのだ。われわれはいままでさまざまな角度から燈馬想を見つめてきた。しかしそれは、そのほとんどは『Q.E.D』というフィルターを透したうえでの燈馬想なのだ。事実今回のものがたりも『Q.E.D』はいつもの『Q.E.D』である。ぼくたちは水原さんの視点、燈馬想自身の視点、第三者からの視点、いままで築きあげてきた『Q.E.D』からの視点でかれを見つめる。だがぼくたちは今回『C.M.B』というフィルター、すなわち森羅の視点から「燈馬想」をながめることができるのだ。彼の視点からみる「燈馬想」がなんとおそろしいことか。コミックスで『C.M.B』の19巻を読むひとは一度このものがたりの前編と後篇の間隔をあけてみてほしい。可能ならば『Q.E.D』を読むまえであるならなおのこといい。

「燈馬想という怪物がなにを為すのか」

「じぶんは彼に勝てるのだろうか」

森羅の気持ちに同調して見てみてほしい。そうすればわかる。「じぶんはなんて巨大なものを相手取ってしまったのだ」という感情。そうこれは覚えがある。たとえば真賀田四季を前にした時の犀川の感情はこうではなかっただろうか。森博嗣氏はかれの著作『四季』において怪物「真賀田四季」の歴史を描いている。彼女がなにをなしたのか、どんな感情を抱くのか。それは『すべてがFになる』から真賀田四季に付き合ってきたものたちからすれば驚くほどの発見と納得のあるものがたりだっただろう。今回『Q.E.D』と『C.M.B』をみるのはその流れを逆に見るものに近い。われわれは怪物の内面を知っている。怪物の孤独を知っている。怪物の異常をしっている。怪物の愛情をしっている。ただひとつ知らないのは「怪物に闘いを挑む者達の感情」だ。「燈馬想のものがたりに飲み込まれないものからの視点」だ。

今回のものがたりのラストで、ヒロインが森羅にたいへんだったねとこえをかけるシーンがある。そのときの森羅のひとことはなかなかに痛快である。われわれに納得しか与えない。

ヒロイン「・・・大変だったね」

森羅「そんなの全然楽だよ! 想兄ちゃんと戦うことと比べたら!!

まったくおっしゃるとおりである。われわれはいまだ「燈馬想」を知ることができないのだ。

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関連リンク

愛の物語とディスコミュニケーション  マンガの地平とリアルの地平が重なるとき(プラネテスに関する記事 2つめは動画の紹介)

オマケ

じつはこの2作品を透してみると、ぼくたちがどれほどに「ある固有のものがたり」というものにフィルタリングされているかよくわかる。たとえ同じキャラクタ、存在を描いていてもその視点が異なることで「まったく異なる地平」を描く可能性がある。

それは「空の軌跡」に代表される作品でも同様の事が言える。

ぼくたちは「空の軌跡」で「遊撃士による正義」をみた。国家に左右されない理想のヒーローを保有する集団、遊撃士協会からものがたりをみせてもらった。ここでは国家というものが揺るがされると如何に危険であるか。そういうときに国家とその根本を自立させた「民衆のための機関」がなにをなし得るのかを描いた。

対照的に「零の軌跡」では「国家という組織の中の正義」を描いていた。ここで描かれるものがたりでは「民衆という名目を持たない遊撃士たち」が国家という民衆の基盤を構成する組織に対して如何に無力な存在なのかが描かれる。たとえ障害があろうとも行動を制限されようとも「国家に縛られる」からこそ為せるもの、が描かれていた。

おなじようなことを為す組織。同じような理想を抱くものたち。かれらがそれぞれの立場で「なにを最善となし、なにを成し遂げられなにができないのか」。こういうものを両作品からはうかがうことができる。

もしかしたらぼくたちの見ている視点は「なにか」にフィルタリングされている視点かもしれない。ひとは「ただひとりの個」であることはあまりにも難しい。自分たちがどんなフィルタを有しているのかどれほど違う環境から異なるものをみているのか。

考えて見ることもおもしろいだろう。

関連リンク さぁ、正義のはなしをしようか (零の軌跡)

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追記2

じつは「最強の主人公が最強の敵」というはなしについては『今何処』のLDさんの記事に素晴らしい記述がある。

ぼくはこの「最強の敵が最大の障害」というものがたりで思い出すのは「サイバーフォーミュラ」である。以下に関連の記事を紹介しておく。

関連リンク

サイバーフォーミュラSIN感想~最強の主人公を倒すブリード加賀とは何者なのか?~ ブリード加賀の感想 (サイバーフォーミュラの感想)

「勇者」の物語を支え承認し続ける「王」についてー「運命に身を投じていくものたちの物語」 (最強主人公に触れた内容・・・かな?)

今何処の記事 (正直LDさんの記事見つけられなかったので、関連してるかなという部分や自分が意識するとここからなんか出てきそうな気がするのを適当にリンク貼り貼り)

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