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2012年2月

2012年2月20日 (月)

自分メモ~よりよい選択をするためにはなにが必要なのか~

どのようにモチベーションの確保するか

これが近年のぼくのテーマのひとつなのはブログをみてくださっている方々にはご存知のことかもしれません。これは言い換えるなら「どのように自分をコントロールしていくのか」ということです。

さきほど読み終えた「BE  BLUES」最新4巻ではこれについてのヒントがいくつも載っています。この漫画はかつて天才と呼ばれた少年がどのように成長していくか、サッカーをどうやって取り戻すのかということを題材にしているのですが、そこで繰り返し言われているのが「計画(プラン)」です。自分のプランを確実に実行するためにはなにをすればいいのか。どういうものが必要なのか。今回のテーマに沿っていうなら「自分を予定通りに動かすには何が必要なのか」を問うていることになります。予定を予定通り動かすというのは存外難しいものです。モチベーションはそういう「ちょっといいかな」という心の揺らぎに抗するための要因になるでしょう。

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また、コレに関してさいきん気にしてみているのが「コロンビア 白熱授業」というNHKの番組。この番組は日曜6時からやっているので、5時半からの『ファイ・ブレイン神のパズル』から続けて流していることが多いですね。

ちょっとその話をする前にぼくがなぜ「モチベーション」にこだわっているのかを話しておきましょう。大枠には2つの理由があります。ひとつは自分の成長のためですね。もうひとつは現在ぼくたちが生きている世界がある変化の途上にあるから

ひとつ目の理由はいいでしょう。どのようにして自分を律してどこに辿りゆこうとするのかというのは、6年間という学習時間を与えられた自分の必須科目だと思っています。それにそれ以降にも確実に必要になってくる能力です。いまのうちにみにつけておかないとならない技術の一つです。

問題はふたつ目。げんざいの世界というのは多かれ少なかれ相対化の流れに向かっているのだとぼくは考えています。これはデジタルデバイスがより発達したのがおおきな理由にあげられることでしょう。かつて大澤真幸さんが言っていた「第三者の審級の失墜」あるいは東浩紀さんの「大きな物語の消失」したせかい。「シュミラークル」になってしまったせかいです。代表される作品としては「攻殻機動隊」のオリジナルなき模倣者「笑い男事件」。うそういうせかいではオリジナルの価値が相対化されてしまってどんな物事も比較の対象になってしまうせかい。そういう世界で「成長する」というのはいかなる方法で行えばいいのかというのが大きなテーマたる所以です。

このあたりに関しては「コクリコ坂の伝えたかったことと現代の若者に伝わらないジレンマ」について以前書いた記事があるので参考になるでしょう。絶対的な価値判断の基準がないということは、じぶんの拠って立つしるべがないということです。「ドラゴン桜」というのはそこを明確にすることを受験生に求る。現代からすればステレオタイプで古典的な意見なのですが、早く確実に目的を達成するためにはいまだ優秀な方法だと思っています。あのものがたりは受験テクニックなどよりそういう「意識」についてキチンと書かれているからしっかりしてます。多少誇張されているにせよ「きちんとした方針で効率よくやれば競争に勝てる」「人に先んじることができる」ということが示された作品だとおもいます。

さてここでやっと『戦略』についての話題がでてきました。現在「選択とは何か」ということを題材に放送している「白熱授業」では

「選択とは直観と理性の融合でありその選択というのは『戦略』より生まれる」

ということをテーマに語っています。ぼく個人の理解でいうならば「意識的な理性の結論を積み重ねた結果が直観であり、選択とはそういう規範のうえで選ばれている」ということになります。もうちょっと詳しく話をしてみるとある出来事Aにたいして「こうする」と決めBにたいして「こうする」と決めて行動していくと、ひとつの「結果」を得ることができます。「なにもしない」というのですら選択の結果であるので人間は「選択しないことを選択できない」存在である。

こういう「結果」の積み重ねに対してぼくたちの多くは意識するにせよ無意識にせよ「どうしてこういう結果を手に入れたのだろうか」と思考します。そうした無数の具体例を手に入れ分析の結果ぼくたちは「直観」、すなわち思考のバイパス(ショートカット)を手に入れることになります。これが「速度」を生みひとに先んじる結果を生み出すことになる。まあこのあたりの話も先ほどの記事の「昭和落語心中にみる動機の仮託と成長」について書いたところで話していると思います。

あるいはこういうはなしについてもっと理論的に語っているのが現在マガジンで連載中の「BABY STEP」です。この漫画もつい先日最新20巻が発売したばかり。この主人公丸尾くんは勉強はできるけれど運動はそこそこ。テニスの才能はあまりないタイプの人間なんですよね。そういう人間が才能のある人間とやりあっていくためにはどうしたらいいのか。それがこの漫画の大きなテーマとなっています。彼が練習でノートをとって、何が成功してなにが失敗したのかを勉強するのも「理性の積み重ね」を期待しての出来事です。「白熱授業」で15年間チェスの王者に君臨した「ガルリ・カスパロフ」が「じぶんは才能が特別あるとか頭がいいとかそういう訳ではない。あるとするならば日々の積み重ねである。そういう選択の積み重ねがチェスのつよさにつながるのだ」いうことを語っていると言っていました。丸尾君の成長の源もまさにそういうところに在るのでしょう。そういう選択肢の結果が骨子を生み『戦略』につながっていく。

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日常をどのように過ごすかが自分の選択に影響するというのは昔から意識していましたが、それをもっと推し進めてくれる物事が増えているのはとても嬉しいことですね。

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2012年2月18日 (土)

41巻の重み~ぼくたちはまだ燈馬想を知らない。~読者の視点が如何にフィルタリングされているかについて~(最強の主人公が最強の敵 ―知能の怪物―)

よのなかにはちょっと読んだだけで、ああこれはすごいんだ!という作品がある。

ぼくにとってそれは森博嗣氏の『すべてがFになる』であったり前述の『プラネテス』だったりする。そのなかのひとつに加藤元浩さんによる『Q.E.D 証明終了』もあげられる。これらの作品にはえも言われぬ余韻、が存在する。ぼくたちは『プラネテス』の1話をよみおえた瞬間、『すべてがFになる』のラストを読み終えた瞬間、にそれをかんじることができる。『Q.E.D』の第一話『ミネルヴァの梟』を読み終えたときにもソレは訪れる。これらの余韻というのは時間が経つにつれて変わっていくものだ。たとえばいま『ミネルヴァの梟』を読み返してみると現在の『Q.E.D』との違いに驚くことだろう。だけれどもそれは、名作に必ずやってくる変化の結果にすぎない。たしかにこれらの作品ははじめの頃に持っていた空気を失ったかもしれない。それはぼくたちの慣れによるものであったり作家の技術が、表現が洗練されていった結果のひとつであったりするだろう。それを嘆くひともいるかもしれない。なかには「ああおれの好きだった『Q.E.D』はいなくなってしまった・・・」というこえをあげるものもいるやもしれぬ。だがそれは、ひとつの結果にすぎない。等価交換の法則。何かを失えばなにかを手に入れるのだ。今回発売した『Q.E.D』の41巻『C.M.B』の19巻というのはそのひとつである。

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評価 5

個人的評価 5

舞台は国際司法裁判所。『Q.E.D』の主人公燈馬想と『C.M.B』の主人公榊森羅はある独裁者の判決をめぐって対決する。ぼくはこのものがたりを雑誌の連載で見ていたのだがそりゃあもうしびれたものだ。これがすごいのなんのすごくないのなんの、めちゃくちゃすごい内容だったのだ。このものがたりは『C.M.B』では2話『Q.E.D』では1話で語られている。雑誌の連載ではたった1ヶ月のあいだの出来事である。それでもこれほど胸のおどる対決というのは近年では『HUNTERXHUNTER』くらいしかなかったくらいだ。

ここで見てほしいのは「燈馬」という怪物が敵に回ると如何に恐ろしいのかということだ。『Q.E.D』はこれまで40巻の積み重ねがある。われわれは燈馬がどれほど知性にとみ、どれほどの孤独を抱えているのかを見てきた。それは一言に天才の孤独とかたづけるにはなかなかにおもく、ふくざつな感情だった。ぼくたちはいつも燈馬のそばからかれを見てきた。燈馬がいないときですら燈馬ならどのように考え、なにをなすかということを追ってきた。われわれはさまざまな軸から燈馬くんを追い続け、燈馬に接してきた。そして今回のものがたりでわれわれはあらたな軸から、かれをみつめることになる。すなわち「最強の敵」としての燈馬想を見ることができる。これの何処がすごいのだ、そういうひともいるかもしれない。いや、すごいのだ。われわれはいままでさまざまな角度から燈馬想を見つめてきた。しかしそれは、そのほとんどは『Q.E.D』というフィルターを透したうえでの燈馬想なのだ。事実今回のものがたりも『Q.E.D』はいつもの『Q.E.D』である。ぼくたちは水原さんの視点、燈馬想自身の視点、第三者からの視点、いままで築きあげてきた『Q.E.D』からの視点でかれを見つめる。だがぼくたちは今回『C.M.B』というフィルター、すなわち森羅の視点から「燈馬想」をながめることができるのだ。彼の視点からみる「燈馬想」がなんとおそろしいことか。コミックスで『C.M.B』の19巻を読むひとは一度このものがたりの前編と後篇の間隔をあけてみてほしい。可能ならば『Q.E.D』を読むまえであるならなおのこといい。

「燈馬想という怪物がなにを為すのか」

「じぶんは彼に勝てるのだろうか」

森羅の気持ちに同調して見てみてほしい。そうすればわかる。「じぶんはなんて巨大なものを相手取ってしまったのだ」という感情。そうこれは覚えがある。たとえば真賀田四季を前にした時の犀川の感情はこうではなかっただろうか。森博嗣氏はかれの著作『四季』において怪物「真賀田四季」の歴史を描いている。彼女がなにをなしたのか、どんな感情を抱くのか。それは『すべてがFになる』から真賀田四季に付き合ってきたものたちからすれば驚くほどの発見と納得のあるものがたりだっただろう。今回『Q.E.D』と『C.M.B』をみるのはその流れを逆に見るものに近い。われわれは怪物の内面を知っている。怪物の孤独を知っている。怪物の異常をしっている。怪物の愛情をしっている。ただひとつ知らないのは「怪物に闘いを挑む者達の感情」だ。「燈馬想のものがたりに飲み込まれないものからの視点」だ。

今回のものがたりのラストで、ヒロインが森羅にたいへんだったねとこえをかけるシーンがある。そのときの森羅のひとことはなかなかに痛快である。われわれに納得しか与えない。

ヒロイン「・・・大変だったね」

森羅「そんなの全然楽だよ! 想兄ちゃんと戦うことと比べたら!!

まったくおっしゃるとおりである。われわれはいまだ「燈馬想」を知ることができないのだ。

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関連リンク

愛の物語とディスコミュニケーション  マンガの地平とリアルの地平が重なるとき(プラネテスに関する記事 2つめは動画の紹介)

オマケ

じつはこの2作品を透してみると、ぼくたちがどれほどに「ある固有のものがたり」というものにフィルタリングされているかよくわかる。たとえ同じキャラクタ、存在を描いていてもその視点が異なることで「まったく異なる地平」を描く可能性がある。

それは「空の軌跡」に代表される作品でも同様の事が言える。

ぼくたちは「空の軌跡」で「遊撃士による正義」をみた。国家に左右されない理想のヒーローを保有する集団、遊撃士協会からものがたりをみせてもらった。ここでは国家というものが揺るがされると如何に危険であるか。そういうときに国家とその根本を自立させた「民衆のための機関」がなにをなし得るのかを描いた。

対照的に「零の軌跡」では「国家という組織の中の正義」を描いていた。ここで描かれるものがたりでは「民衆という名目を持たない遊撃士たち」が国家という民衆の基盤を構成する組織に対して如何に無力な存在なのかが描かれる。たとえ障害があろうとも行動を制限されようとも「国家に縛られる」からこそ為せるもの、が描かれていた。

おなじようなことを為す組織。同じような理想を抱くものたち。かれらがそれぞれの立場で「なにを最善となし、なにを成し遂げられなにができないのか」。こういうものを両作品からはうかがうことができる。

もしかしたらぼくたちの見ている視点は「なにか」にフィルタリングされている視点かもしれない。ひとは「ただひとりの個」であることはあまりにも難しい。自分たちがどんなフィルタを有しているのかどれほど違う環境から異なるものをみているのか。

考えて見ることもおもしろいだろう。

関連リンク さぁ、正義のはなしをしようか (零の軌跡)

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追記2

じつは「最強の主人公が最強の敵」というはなしについては『今何処』のLDさんの記事に素晴らしい記述がある。

ぼくはこの「最強の敵が最大の障害」というものがたりで思い出すのは「サイバーフォーミュラ」である。以下に関連の記事を紹介しておく。

関連リンク

サイバーフォーミュラSIN感想~最強の主人公を倒すブリード加賀とは何者なのか?~ ブリード加賀の感想 (サイバーフォーミュラの感想)

「勇者」の物語を支え承認し続ける「王」についてー「運命に身を投じていくものたちの物語」 (最強主人公に触れた内容・・・かな?)

今何処の記事 (正直LDさんの記事見つけられなかったので、関連してるかなという部分や自分が意識するとここからなんか出てきそうな気がするのを適当にリンク貼り貼り)

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2012年2月15日 (水)

すごくはないんだけれどただただほっと出来るのがとても良かった『たいようのいえ』これはけいさんしてストレスがかからないように構成されているのだろうか?(ふとした疑問)

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評価 2

個人的評価 2

『たいようのいえ』読了!げんざいわが家にあるのが4巻までなので4巻まで読み終わりました。

いやぁ、ほっとして読める良い物語でしたね。はなしそのものは別にたいしたものではないのですがストレスを過剰にかけないように配慮されているのがとても興味深かった!いったいどうしてここまで、というほど圧迫がかからないように作られていますね。世の中には反対にこれでもかっ、というくらいに読者に圧力をかけてくる作品もあるのにこの物語はほとんど圧力がかかってこない。

その一因としては主人公の真魚(まお)を中心としたキャラクターの性格にあります。ぼくはこの作品のなかで一番気に入ったのは犬のコロッケと真魚なのですが、この真魚というのが小動物っぽいんですよね。甘えん坊で泣き虫でちょっとしたことにビクッと反応してしまう。この子が中心になることで作品中のつらい出来事がちょっとだけほのぼのしてしまうようになっている。

この真魚というがどういう子かを説明すると、いわゆる愛されなかった子どもなんですね。ピングドラムでいう「こどもブロイラー」行きをしてしまった子ども。別に虐待されたとかそういうことではなくて、ただただ空気のように扱われてしまった子どもなんです。類型というか同型としては『化物語』の羽川翼さん(現在『偽物語』で活躍されてますが短い髪がやはりかわいいですねー)。彼女の場合は彼女自身の在り方が故に孤立してしまったのだけれどもこの子の場合はそういうわけでもない、というのが違いですね。どちらかといえば泣き虫で寂しがり屋でいじっぱりな子です。

そういう子どもがかつて暖かさを教えてもらったお兄ちゃんの家に寄せてもらう。すとーりーのがいりゃくはそんなないようです。

まぁ機会があれば一度読んでみればいいのですが、ここに出てくるキャラクターってのがすべて、どーにもお人よしというか毒のないのばっかりなんですよね。たとえば真魚の恋敵(ライバル)になる女性なんか「大学まで女子高だったから男の人とお付き合いしたこともなければはなししたことすらほとんどない」という設定を用意されている。つまり

泣き虫で寂しがり屋で甘えたがりだけれど甘えベタな主人公

VS

おとこのひとが苦手な奥手のお姉さん

うん。こりゃ地味な戦いになるわって思うでしょう。それこそ『このSを見ろ』とか『うそつきパラドクス』、『恋愛ショコラティエ』なんか見てみればいいですよ。

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ここに出ている登場人物たちに比べれば彼女たちなんてアマチュアもいいところです(・・・プロが何なのかも知らんが)。

ウソも騙しも、人を虜にする手練手管もほぼ皆無で(出ても小学生レベル)。お人好しとお人よしがママゴトをしている(上記の作品に比べればね)。

そういう作品がけっこうホッと出来てぼくとしてはなかなか好感触でした(直前の文章が褒めてるようには見えないが)。

きっとこの作品では「ちょっとした出来事が行きすぎてしまう」ということを描かないんじゃないかと思うんですよね。たとえば後ほどに出てくる『ライアーライアー』なんてのは「ちょっとしたウソが雪だるま式に転がっていく。・・・やっちまったよ!」というのが描かれていました(一応ギャグ形式です)。ドラマ化をした携帯小説原作の「赤い糸」(あんますきじゃないのでちゃんと読んでないのですが)は「ちょっとしたすれ違いで喧嘩したらひどい目に・・・」という話。あるいはいま連載されている『最終兵器彼女』の作者高橋しんさんによる「雪にツバサ」などは一手間違えると連鎖的に不幸が押し寄せてくるように設計されている(けっこうシリアス寄り)。

みているとおそらくこういうシステムが「起こらないように」設定されているのではないか(意図してか作者の好みの結果の偶然かは知らないが)。

このあたりが興味深かったですね。

とはいえ、べつにどこがすごいとか凄まじいとか在るわけではないのです。ただ柔らかな絵と朗らかなキャラクターたちが生活している『たいようのいえ』という作品はあまりストレスをかけずに読めたのですごく良かった。

最近ほんやで5巻が発売しているのを見たので買ってつづきを読むとしましょう。

追記

さいきんもっとも読むのにストレスがかかったのが金田一蓮十郎さんの『ライアーライアー』

このウソがウソを呼ぶ「やっちまった!」感がハンパなかったです。1巻読み終えるのに24時間以上かかった作品はひさしぶりですね(笑)


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2012年2月13日 (月)

愛の物語とディスコミュニケーション―人類の鬼子 バサラ、タナベとはいったい何者だったのか―(ガンダム マクロス プラネテス)

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プラネテス読みなおしたのですがやっぱり面白かった。にんげんの変化についての描き方が秀逸。ちょっとTwitterで「 プラネテスは宇宙に出ても人は根本的に変わらなくてハチが素直になっていく様を描いた作品という印象。」というコメントを貰ったのですが、それはそれでよく分かる話なんですよね。このあたりはハチマキやフィーに視点を持って行ってるひとはそういう感想になるんだと思います(あくまでぼくの印象だと。ですが)。

ちなみに、ぼくはこの物語「タナベと猫」以外に共感するのが難しい人なのでそこら辺の感覚がちょっと違います。(別に他のキャラに共感できなくはない・・・努力すれば・・・)

どちらかというとこの物語は「ディスコミュニケーション」の物語だと思ってみている部分が強いですね。

ぼくが昔から語る感覚の一つに「ひとは決して交わらないし孤独だけれど、それでいい」という感覚があります。これはその「交わらない」ということに対して「喜び」とか「悲しみ」を結び付けない立場と言えばわかりやすいのでしょうか(説明が難しいな)

ちょっと概念的になるけれどそのあたりについてもうちょっと話をすると、ひとの思いと世界ってのは無関係だよね、という表現になります。もちろん世界の変化にたいして人の心ってのは影響を受けざるおえません。そこを否定しているのではなく「世界の変化にたいして影響をうけることを決定しているのそのは本人の精神」と言えばわかりやすいでしょうか(わかりにくいだろう。。。)

よくある物語の形式に「人と人が分かり合えないわけがない」「分かり合えないことが悲しい事なのだ」というのがあります。これはガンダムでも語られていることですね。

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ニュータイプというのはその「分かり合えないひとの空隙」を埋めてくれるシンパシーをもっている存在とも言える。(成功しているかは別にして理想としては)

だけどぼくの好きなガンダム作品「ガンダムX」はそのニュータイプを特殊能力を有したに過ぎない「只の人間」「幻想」だと断じてしまう。そこにたいして喜びも悲しみも表明することはない。「そういうものなのだ」と示してしまう。おそらくこのカタルシスのなさが評価の低い所以だとは思います(ぼくは逆にそこを評価している)

ここには「何処まで言ってもにんげんはにんげん」なのだ「にんげんはにんげんのまま突き進むしかない」という夢も希望もないリアルな世界が広がっています。ガンダムX では「でも人間は人間のちからでまえへ進めるんだよ」ということもいっていてその点はプラネテスのロックスミス的でもある

ただ「わかりあえないことが悲しいのか?」という疑問は、ほんとうはあがってきてもいいことだとぼくなんかは考えてしまう。

ガンダムXは「恋愛」「一目惚れ」という要素をうまくつかってそこをクリアしている。あくまでかれらは人間だから恋愛感情を「差別」の感情を持っているということになっている。ティファは超能力をもっているだけの「ただの人間」であってニュータイプとか言う「異物」ではない。ガロードはテーマ的にも「人間」なのでそこはクリアされている。

たとえば「わかりあえない」(けれど「わかった気になっている」)物語というのは以下に上げる『マクロス7』が代表作になるかもしれない。

たとえば『マクロス7』のバサラや『プラネテス』のタナベ(後にホシノになるが)というのは人類の中でも「異物」である。バサラなんて物語の開始では延々敵と味方から「お前邪魔だぁぁ」と怒鳴られている。バサラへの周囲の評価が変わってもバサラは変わっていない。本質的にバサラというのは「理解出来ない存在」として描かれている。たぶん彼らのみている世界を共有するには人類が本当に「ニュータイプ」とかそういう「人類以上」の存在になるしかない(それが進化であるかどうかは別にして)

バサラがなぜ歌うのか理解するのを理解することはできないししなくていい。かれにとって唄を歌うことはタナベがすべてを愛するのと同じように自然なことなのである。

タナベの愛には理由はない。いいところを見つけることはあってもだから愛するという類(たぐい)のものではない。

幸村誠さんの別作品『ヴィンランド・サガ』には「愛と差別」を語った部分がある。

ひとがひとを愛するのは差別であり、真の愛とは区別なきものである。

目の前の死を愛し眼の前の苦難を愛し眼の前の幸福に涙する。ひとの残虐に感動し優しさに頬ずりをしてどれにも興味がない。

ちょいと適当に書いたのだが、まあ、愛とはそういうものであろう。

愛とはいわば「受け入れるもの」であるとも言えるかもしれない(すいません反射神経で書いています)。

プラネテスのラストでタナベは上司のフィーとかれの旦那であり物語の主人公であるハチマキについて語り合うシーンがある。フィーはタナベにハチマキの何処が好きになってかれと結婚したのか問う。それにたいしてタナベは曖昧な答えを返す。結婚しようと言われた時に外に相手がいなかったから、と。フィーはそれを聞いて唖然とした声でそれは先着順ということかお前はハチマキを愛しているのかと彼女に問う。それに対するタナベのこたえは

?・・・はい。もちろん

という一言であった。

これはタナベという存在が「差別のない愛」と「人」の間に揺蕩(たゆた)う存在だからこのような答になったのだろう。(作品をみていると「ひと」としてのタナベと「人以外」のタナベの2種類があるように見えたのでこういう表現になっている)

彼女は人としてハチマキを愛すると同時に「人以外」としてもハチマキを愛している。(どちらかというと人以外の部分が強いとは思うが・・・)

彼女が圧倒的な異物と「なりきれない」のは彼女の人たる部分によるものだとぼくは思ってしまう。

その点バサラは突き抜けている。かれはそういう意味でいうなら「人ではない」。

かれのまえでは人もプロトデビルンも山も宇宙もクジラも差別がない。

ただただ「歌って聴かせる」存在である。

だからこそバサラという存在を理解できるものは物語の中にも外にもいない。それはわれわれの限界の先にある「異物」だからである。

こういう存在の出てくる物語は存外にすくない。しかも主役として活躍しているとなるとそれこそ異常である。

正直ようこんなやつを主人公にしたものだと思う。バサラという存在は物語的には「異物」として排除される存在である。ゲームだったら「魔王」としても登場しておかしくない。

それはかれの能力がどうこうということではなく、その精神が既存の範疇を圧倒的に超えてしまっているのである。

ただ同時に思うのは、ただそんな存在を「許容」して存在しているのもまた世界なのだろう。

そういう点を鑑みても「世界は美しい」と僕は思う。

以前のきじでも書いたがぼくは本質的に「物語が好き」というわけでもないのかもしれない。

だがそういう「異物」も含めて存在している「マクロス」という世界と「プラネテス」の世界は尊敬に値すると思ってる。


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2012年2月10日 (金)

『ネコあね。』の語り尽くせない魅力。4巻の内容がやっぱり素晴らしすぎてもう!―プラネテスとネコあね。を並べて(好きなこと)語ってみた―

『ネコあね。』4巻読了しました。

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評価 3(3.0)

個人的評価 5

これは素晴らしかった!

ただこれって、ぼくの個人的感覚に依る所が多いので説明が難しいんですよね。だから個人的評価との差が大きいのはそういう部分に依ります。いまから少しでもその『素晴らしさ』について話せたらいいなと思います。ゆるりとお聞き下さい。

まずこの話がどういうものかというと「ある日我家の猫が人間になって『わたしがおねえちゃんだよー!』って言って来ました」って、話なんですよね。ある種のボーイミーツガールものとして読んでいる人が多いんじゃないかな。以前このブログでも「ネコあね。」がすっげー好み!って話はしたんですが、うん、やっぱり好物です。

この話でぼくの好物ポイントってのはいくつか在る(はず)なんですが、一番わかり易いのは4巻のオビについているセリフ

「ネコ」が「姉」になりました。

私はお姉ちゃんだからちょっとくらい大変でも仕方無いのです!!

って部分です。

この「喜び」の描写が好きなんですよね。「喜び」ってどういうことか?

それはこの漫画のあるエピソードを見るとわかります。ここでは次のような会話が行われます

「・・・杏子さんは怖くなかったんですか?・・・急に猫から人間になった時ー・・・」

「色んなものが―今まで見てた世界が・・・変わってしまうこと・・・」

この問いに対して猫から人間になった杏子は答えます。

「全然?」

「だって銀ちゃんのお姉ちゃんになれたことの方が・・・ずっと嬉しかったもの!!

うん。この感情が好みなんですよ。

もちろんこれだけではないのだけれど、これが好みのひとつであることは変わりません。

これがどう素晴らしいのか?

それはこれがひとつの「選択」だってことなんです。つまり選んだからその道を突き進む

意地とかそういうものではありません。

「選択」し「歩めること」それそのものが「喜び」

という話なんですよ。

うん、これだけでは分からないかもしれないからべつの話をしてみましょう。

これの類型としては『プラネテス』という作品があります。とはいえこんな(一見)理想的なお伽話に出てくるようなまっさらな感情ではなくて、もっとドロドロした「意地」の塊のような感情ですが・・・

多くの人がリアリティがあると感じるのはおそらくこちらですね。

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藤田貴美さんの『EXIT』とかでもそうですが「ホントは好きだからやっていたはずなのに・・・だけどその「すきなこと」がおれたちを追い詰めに来るんだ」という感情について書いてあります

ちょっと長いですが引用してみましょう

プラネテスでは次のようなセリフを主人公ハチマキが語ります。次のセリフは自らの内面、心のひとつがじぶんに語りかけるシーンです。

「なぜ助けを求めない?人間は孤独に弱い生き物なんだぞ」「ホラ あいつ タナベなんてどうだ?奴の口ぐせの「愛」とやらを具体的に実践してもらうといい」

「かたくなになるなよ 皆やっていることじゃないか 苦しみは分かちあうもんだ たとえお前の喜びが他人と分かちあえない性質のものであってもな」

「ただ一言「愛してる」と言えばいいそれで契約は成立だ その言葉が嘘でも甘えでも彼女はお前を受け入れるだろう そういう女だ」

それにたいしてハチマキが返すセリフがコレです

「はっ はははははっ 何言ってんだかコイツは

まったくカンケーねェじゃんタナベなんか」

「全部おれのもんだ 孤独も 苦痛も 不安も 後悔も もったいなくてタナベなんかにやれるかってんだよ」

いやぁ、何度読みなおしても素晴らしいシーンですね。

『ネコあね。』の感情が「正」とするならこれは「負」の方向の感情です。どちらがいいとか悪いとかではなくて、「そういう感情は現実に在るのだ」ということは意識してもいいことでしょう。

そういう意味ではぼくはこの話『ネコあね。』を「物語」として好きではないのかもしれませんね。この物語のなかで主人公銀之助くんは母親を失ったつらい過去と姉を失うかもしれない先の見えない不安を抱えながらこうつぶやきます(一部大幅改造意味は変わらないはず)

「平穏だった時間・・・それはいつだって唐突に破られることをおれは嫌という程知っていた」

「悲しい出来事は いつだって 唐突に起こるのだ」

「だけど・・・」

「だけどそれだけじゃないことも知っている」

嬉しい出来事だってこの世界には確かに存在するのだ

「ある朝起きたら―猫が姉に変わってたみたいに・・・」「俺を想って奇跡を起こした姉のように・・・」

これは次のようにして締めくくられます

「俺にも奇跡は起こせるだろうか?」

素晴らしいよねッ!!いやっ、ぼくは素晴らしいと思いますよ。

この一連のプロセスがもう素晴らしいんですよ!

この物語には悲しいことも辛いことも「在る」んですよ。

確実に在る。

でも、その現実を知った上で「でも現実には絶望以外も起こりえるんだ」という点を描き、折れてしまいそうな自らのこころを立て直す銀之助くんがマジ格好良い!

この話アニメで見たいですっ!!(言うだけならタダ)

これがぼくのみている『ネコあね。』の一部です。

・・・とまあまだまだ語れることはあるはずですが、今回はとっちらかる前にここでお開きとしましょう。書きたいことを全部書くと寝る時間がわからなくなってしまいますし。

最後にもう一言

『ネコあね。』はすっごく好きな作品ですね!

追記

書き忘れた内容のひとつに「孤独の対峙」というはなしや、「タナベとバサラが似た地平の存在で、それが故にかれらは『孤独』」なんだ」という話があります。

どっか書いておかないと(つーか書いても)忘れる気がするので書きました。どこかでこの話を書けたらいいなぁと思います(忘れる自信 大)

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2012年2月 9日 (木)

「勇者」の物語を支え承認し続ける「王」についてー「運命に身を投じていくものたちの物語」ー勇者王ガオガイガーの長官がとても面白いですー

この間のピングドラムとガオガイガーの護少年に関するLDさんの記事が興味深かったので勇者王ガオガイガーを見なおしてみるかと、毎日ガオガイガーを見なおしています。

最近バンダイチャンネルでガオガイガーが追加されたので見たいときに見たいデバイス(iPhoneで見ることが多いですね)で見ることができます。いやー ホントいい時代になったものです。

で、ガオガイガーの話なのですがこれがすごく面白いです

ちょっとどういうふうに面白いか話をしてみようと思います。少し長い話になるのですが興味があれば読んでみてください。

さきほどの『今何処』のLDさんの記事では護少年が話題になっていたのですが、今回見なおしてみるとぼくは長官が気になりますね。まだ5話くらいまでしか見なおしていないので明言はできないのですがこの長官がなぜ長官足りえるのがひどく納得できる気がします。

今回はその話をしたいのですがそのまえに少しガオガイガーの話をしてみましょう。

ガオガイガーというのは10年前にある少年、のちに護(まもる)と名付けられる赤ん坊が宇宙から飛来してくるところから始まります。この護君はある使命を帯びて地球にやってきたのですがそれは物語が進んでいくと同時に明かされていきます。物語の本編はそれから10年後。つまり護少年が10歳になるところで開始します。護少年はその10年の間自分を育ててくれた血のつながりのない父母の間で、これでもかと愛情を注がれながら普通の少年としてすくすく成長します。じつは彼が平和な生活をしていた裏では本編で勇者として語られる獅子王凱が宇宙飛行士として宇宙に行き、また生死不明の重体になってしまうなどの事件もあるのですが、まあそんなこととは関係なく護君は成長をしています。ちなみに物語本編自体は人の心の闇にとり付きひとを怪物と化してしまうゾンダーという謎の宇宙生命体と人類の砦たるGGG(スリージー)との戦いを中心に描かれていきます。勇者である獅子王凱はゾンダーとなってしまった危険な怪物と戦い、護少年は浄解という能力を駆使してそのゾンダーとなった人間を元に戻すプロセスで物語は進行していきます。物語の進行と共に護少年が地球にやって来た理由やゾンダーとは如何なる存在かが明かされていく。派手なアクションや過剰な表現で記憶されがちな物語なのですが、いま見ても色褪せない熱量を秘めた作品だといえるでしょう(解説終了)

で、ここまで全く語られていない総帥の話

実はこの総帥、獅子王凱や護少年そしてその他のスタッフと違って特殊な技能や能力を有していません。かれの最も活躍する場面といえば以下の動画にあげられるような

 

「長官っ!ファイナルフュージョンの承認要請が来ていますっ」

「よしっ!ファイナルフュージョン 承・認!」

「了解!ファイナルフュージョン承認!

プログラムッッ ドライブ!!」

という一連のプロセスに代表される行為です(この類型はいくつかあるのですがそれはユーチューブやニコニコで検索してもらうと結構出てきますw)

とにかくここで言いたいのはこの総帥が一見「ただ承認を出すだけの存在」に見えるのに毎回毎回かれに承認を要請するプロセスがなぜ必要かということなんですよね(上記動画のコメントを見ていても個人的に興味深い発言がちょこちょこあります。まあ、このへんの話は今回の記事のラストまでいくと少しわかるかもしれません)。

ぼくはこれ(=なぜ長官が承認を出すのか)が昔からの疑問でした。(まあ、じつは見ていたといっても飛ばし飛ばしだったり外出していて見れなかったり、といろいろあってきちんと順番通りに見るのは今回が初めてでした。ちゃんと見てれば今の歳まで疑問を引きずらなかったかもしれないけれど当時は中学生くらいの頃なので・・・うん、仕方ないですね(汗)朝飛び出したら夜まで帰って来なかった年頃です)

そこで今回見なおしてみると「おお~、なるほど!長官すげぇぇ!」と(勝手に)納得がいったのでメモのつもりで記事にして見ました。

どういうことかというとこの長官は一種の「王」なんですね。それもただの王様ではなくてある種「理想の王様」のひとつなのだということです。いきなり概念的な話をするなと言われるかもしれませんが、ちょっとまって話を読んでみてください。ここで理想というのはどういうことかというと「正しく運命に選ばれた存在」と言い換えられるかもしれません。

ちなみにこういうとぼくはアルスラーン戦記のアルスラーンや十二国記の延王などを思い出します。つまり「公」に準じた結果「道」を得て王たることを許された存在ですね(「道」を得て「公」に準じるという逆もある・・・かな?)。

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もちろんガオガイガーの物語は「勇者」の物語であって「王」の物語ではありません。だからこの長官の王たる所以が描きこまれることは無いのですが(いえ、先のほうで描かれるかもしれないけれど一応ぼくはみたこと無いのでそう言っておきます)、いま見ている部分でもその片鱗が感じられます。

例えば、この長官は大企業の総帥でもあるのですがそのような地位をえている人間にしてはあまりに「自然体」な存在です。これは3話くらいだったと思うのですが護少年が政府機関の関係者に囲まれて怯える話があります(そのときはギャレオンという巨大なライオンが護少年を助けに来てくれる)。ギャレオンは政府の黒服から護君を助けてくれるのですが彼を連れてGGGまでいってしまう。護少年からすれば黒服の男達から逃げられたと思ったら今度は知らない土地でまた変な大人達に囲まれてしまう。怖いわけですよ。だからギャレオンの口のなかで怯えて出てこようとしない。そこで出てくるのが長官です。かれは手を広げて「自然な笑顔」を浮かべながら護くんに話しかけます。

「わたしたちは君のことが知りたいだけなんだ怯えなくてもいいよ」と、そこまでに長官のように護くんに話しかける大人はいなかったんですよね。GGGのメンバーだって「化物を人間に戻す奇妙な少年」に警戒心を抱いている。その中で先陣を切って護くんに話しかける。普通だったら打算の混じった行為なのかなとは思うのですが、おそらく彼はそういう計算で行動していないんですよね。どちらかと言えば怯える護君の心を感じ取っての行動でしょう。それはその後の話をみているとそう信じることができます。

また長官は頻繁に「計算を無視した決断」をします。先ほどの動画にもツッコミを入れてたひとがいたでしょう。これも一見は「無謀な行為」に見えるのですが、長官が「道」を得た存在だと考えると「当たり前」な行動だと思うんですよね。無謀な決断ではない、と思うんです。

ちょっとその話をしてみましょう。

例えば長官は事あるごとに「長官!危険ですっ!その合体は成功したことがありません!」という言葉に対して「大丈夫だ!!なぜなら凱は勇者なのだから!」という返事を返します(上記動画のファイナルフュージョンの幾つか目ではいままで「そういう行動」を取ってきた長官がホントにそれをやってもいいのか悩むのに対して、逆に周りの人間が「やっていいんだよ!」と長官にたいして『返す』話が入っていますね。これも長官の積み重ねの結果の一つだと思います その話は後述で)。

これはただ言葉だけを追うと「夢見がちなおっさんのたわごと」にしかなりません。でも、そうじゃないんですよ。

これは言葉を補うと

「凱は勇者なのだから(運命[道]に守られている)だから大丈夫だ!」

という言葉だと思うんですね。

というかそう考えないとなぜ長官が自信をもってリスクの海へ足を踏み入れるのかが分からないんですよ。だって人類の命運がかかっているってのにそうそうりすくばっかり犯していられないじゃないですか。

だからぼくはこう考えるんですね

「きっと長官は正道を歩いてきたのだ」

と。

「正道」というのは文字通り正しい道のことですね。たとえば歴史の物語やさまざまな物語をみていると「自らの運命を試す」話が出てきます。

「おれがココで死ぬのならそれはそういう運命だったのだ」

というのはその典型だと思います。

九郎義経などの英雄物語、中国古典の英雄たち。あるいは『BASARA』の朱理などはその類型としての「覇王」としての行動をとっています(予言師に「手相から見るに寿命が短い」といわれると自らの手をナイフで切り開き生命線を延ばし「これでどうだ」と突き返す。これは正道があるが故の裏ともいえる行動だと思います)

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また「運命に身を投げ出す」という話ならワンピースのゾロの話のほうが思い出せるひとが多いかもしれませんね。

3本目の刀を求めて妖刀を手にしたゾロが剣をほうり投げて自らの腕が切れるかを占った話です。

これの20分過ぎのはなしですね。

ここで「正道」というのは「運命に身を投じて、その運命に『そう在る』ことを許されつづけている」状態のことを言うのかと思います。

これって一見「ラッキー」が続いているだけのように見えるのですが、そうではないんですよね。「背負っている重み」が違うんですよ。

言うなればこれは一種の勝負です。

「自分の全存在」 VS 「運命」

という描写されない『何か』との戦いなのだと思います。

その戦いに勝ち残り続けたものこそが「運命の申し子」なのだ、と。

で、長官はこういう趣旨の言葉を言うんですよね。

大丈夫!成功する!!あいつは勇者だから!!!

って。

そういう決断を下せる長官ってのはきっとそういう道を歩き続けた結果に現在を得た王様なんだろうなぁと感じさせるんですね。

あくまで所感なのですがガオガイガーという話はこのように一つ一つをきちんと解体できるように作られている「見事」な話だと思うんですよ。

ちょっと長くなったのですが結論

・・・うんつまりなにが言いたいかというと、みんな

ガオガイガー見ようぜ!

追記

これは偶然なのか狙ったのか分からないのですが、長官が総裁を務めている企業が「宇宙開発公団」というのはすごく示唆に富んだ話だと思うんですね。詳しくは書かないのですが(まあ、そこまでこの関連に知識があるわけでもないですしね)

「宇宙事業」ってのは人類に残された最大の「公的事業」のひとつなんですよね。

このあたりの話はもうすぐ最終回を迎える「ネギま」やアルビン・トフラーの「富の未来」を見るとわかります。他にも宇宙関係の話はいろいろな本で書いてあるでしょう(ちょっと読み切れていないのですが・・・)

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そういう「公」の代表としてこの長官が描かれているのはすごく「面白い」です。

追記2

書き忘れてたのですがこの長官は事あるごとに凱とその仲間たちが勇者であることを肯定するんですよね。ちょっと穿った見方をすると「勇者たる承認」を長官が与えているんです。古来から勇者を認めるのは王様の役目であることを考えるとやっぱり興味深いなぁと思うんですよ

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2012年2月 5日 (日)

帰宅った~

うわーめちゃくちゃ密度の濃い時間だった気がするこの24時間

当初予定では2日かける予定だった雪下ろしの作業が1日で終わったので帰って来ました

行きが車酔いに電車酔いで最悪の体調でしてね~・・・ホンマに辛かった・・・

ちなみに土日のタイムスケジュールを書いてみると

土曜

18:00~20:00 友人たちと食事(中華料理)

20:30~5:00 新潟までの移動(レンタルマギカ読み終え、それ以外の時間は睡眠)

5:00~6:00 休憩

6:00~7:00 雪下ろし

7:00~7:30 バトスピ覇王

7:30~8:30 雪下ろし2

8:30~9:00 スマイルプリキュア

9:00~10:30 雪下ろし3

10:30~11:00 休憩

11:00~12:00 雪下ろし4

12:00~13:30 そば食ってきた

13:30~14:30 雪下ろし5

14:30~15:00 休憩

15:00~16:00 雪下ろしラスト

16:00~22:30 移動 兼 睡眠

現在ココ!

久しぶりに体動かしたので、バッキバキです・・・あー眠い。

2012年2月 4日 (土)

ちょっと実家に雪降ろすために帰ってきます

この寒波でまた2mくらいつもったらしい。

可能なら日曜日に終わらせて月曜に帰りたいのだが、月曜まで食い込む予感がビンビンにしています。

とにかく土曜の夜に友人たちと食事をしてから東京回ってにいがた方面に帰る予定ですわ。

移動中の読書の友に何冊か本を持っていく予定

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昨日売っているのを見つけて即買い。すんごい楽しみ。

候補2

第3版 カールソン 神経科学テキスト 脳と行動

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これはものすごく良書!ぼくが読んでいるのは2版なのだけれど、感動を覚えるくらいに面白い。

生理学、解剖学、認知心理学、薬理学などを神経科学という分野でまとめた傑作ですね。

そんないっぱい読んでられないのですが、毎日少しでも読んでいると幸せになれます

候補3

シャンタラム〈上〉 (新潮文庫)

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積ん読に入っていた1冊。インドという土地を舞台にして数奇な運命をめぐる男が題材の話。きっと面白いと思って、まだよんでなかった本です

2012年2月 3日 (金)

今月の『4月は君の嘘』とプラネテスの黒猫さんについて

先に言っておきますが今日の記事はとても短いです。

だって、ホントに「あ、プラネテスの黒猫さんや~」って思ったことを伝えるだけのための記事ですもの。

この時点でぼくの目的は達成されてしまいました。

・・・とはいえこれで、はいおしまい、といくわけにはいかないのでもうちょっとだけ話をしてみましょう。

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『4月は君の嘘』とは現在月刊マガジンで連載されている音楽漫画で、かつて天才少年と呼ばれたピアニストの少年とヴァイオリニストの少女の出会いを描いた作品です。

この天才少年は音楽に対して苦しみを抱いています。かれはピアノを愛しているのだけれどピアノにのめり込もうと思えば思うほど、そのピアノ自体から苦しみを得てしまいます。もしこれを読んでいるあなたが羅川真里茂さん著の『しゃにむにGO!』を読んだことを在る方ならダブル主人公の片方である滝田留宇衣を思い出してもらえるとわかりやすい。

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彼はゲームが白熱すればするほどその集中を失ってしまう苦しみを抱いていました。『しゃにむにGO!』というテニス漫画のテーマのひとつはこの留宇衣少年がいかにして苦しみを乗り越えるのか、というところに焦点が与えられている。そして『4月は君の嘘』もそのテーマが音楽という世界に適用されていると思ってもらって構わない。現在連載されているはなしでは集中すれば集中するほど「音楽そのものが聞こえなくなってしまう」主人公が 彼自身の抱えている壁を抱えながら数年ぶりにコンサートに参加するところだ。

ここで今回出てくるのが冒頭の黒猫!

かれは主人公の目の前に唐突に、ひょっこりと現れて問いかける「さあおまえの苦しみは乗り越えられたのかい?

これを見ていてぼくが感じたのはもしかしたらこの作者さんはプラネテスのオマージュをしているのかもしれない、ということ。

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さてここでちょっとだけプラネテスの話しをしましょう。(知らない人もいるかも知れないしね)

『プラネテス』というのは現在アフタヌーンで『VINLAND SAGA』を連載されている幸村誠さんが描いた宇宙漫画である。時は今よりちょっと先の未来。いつか自分の宇宙船を手に宇宙を飛ぶことを夢見る星野八郎太、通称ハチマキは宇宙のゴミであるデブリを拾うデブリ屋として宇宙で生活していた。かれは自身の夢を叶えるために物語のラストにおいて火星を目指すことになる。その物語のなかでかれは宇宙の意志あるいは内面の宇宙の権化たる黒猫に出会う。ここでぼくはプラネテス、プラネテスと連呼しているがこれは漫画版の『プラネテス』であることに注意しておこう。じつは『プラネテス』という作品はNHKからもアニメ化されている。もしかしたら漫画版を見たことがなくてコチラだけをみている人もいるかも知れない。そういう人たちのためにいっておくと、アニメ版は原作とスタートを同じくしておきながら驚くくらいに異なる話を扱っている。もしアニメしか見たことない人がいるなら一度は原作を見て見ることをおすすめする。そして逆にコミックしか見たことない人がいるならそちらにはアニメを見て見ることをおすすめする。どちらも異なるものであるがその終着点は同じである。だがその道程の違いがあまりに異なるので両方を眺めることの出来た僕らは、その差から様々なものを夢想することができる。それはたとえば愛と呼ばれるものや宇宙と呼べるもの、あるいは自分の志向する方向かもしれない。それは読んだ人たちが自分で感じ取ってほしい。

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とにかくここで言いたいのは『プラネテス』はそれを見たひとに『何か』を残している作品であるということだ。ぼく自身もそれは例外ではなくハチマキの「憎しみも苦しみもすべて俺のものだ!もったいなくて誰かにやれるかよっ!」ってセリフは今でも思い出す。

だから『4月は君の嘘』、前作では『さよならフットボール』を描いた新川直司さんがプラネテスになんらかの影響を受けていてもおかしくないとは思うんですね(このかたがプラネテスを知っているかどうかをぼくは知らないんですけれどねw)

・・・とまあそんな感じで『4月は君の嘘』最新話を見てたらプラネテスの黒猫っぽいのが出たので、なんとかそれを伝えようかなあと思って記事にしてみたのが今日の内容でした。

追記

適当なことをいうなら『4月は君の嘘』でプラネテスをオマージュする意味とかも語れるのですが、どうも自分自身がその内容を今ひとつ信じ切れないんですよね。だから書きませんでした。ただ音楽ってのは深いもので、音楽そのものが世界ひとつに匹敵する存在だとは思うんですよ。ん~、というか音楽ってのはある種の工事言語というか・・・まあ、その話はまたどっかでできたらいいかなと思います。

んではっ!

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(書き終えてみて・・・あれ!?短い・・・?)

2012年2月 2日 (木)

青空エール1巻読んでの覚え書き。青空エールのエールは僕たちへのエールでも在るんだ!・・・って何処かに有りそうなタイトルが思いついた

河原和音さん著の青空エールの1巻を読了しました。これは文句なしに満足っ。

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評価 (5.0かな)

個人的評価 (5.2)

ぼくはこの作家さんを先生全20巻から読んでる(もってる)んですが、そのときは「面白いんだけれど・・・ん~・・・」って状態になってしまったんですよね。

それがなぜかというと同じところをグルグル回り続ける主人公と、教師なのに生徒に手を出してしまった先生を見て「あなたその子じゃなくてもいいんじゃない!?」というツッコミが入るようになってしまって。やっぱり20巻ってのは長すぎるんじゃないかな~ってのがおおよその感想だったんですね。だから幼なじみの妹みたいなひとに「なんかおもしろいのな~い?」って聞いたときに「高校デビュー!」って答えられて「そのひと先生の人だよねッ」ってちょっと尻込みしてしまってました。たしかあのとき5巻くらいまで読んだんですが、それから読んでないですね。偏見の入った目で見てたからかもしれないけれど「あ~先生とまあ同じようなものかな」って感想を抱いた記憶があります。

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で、今回の青空エールを読んでみたけれどこれはいいですね!これを読んで先生の時からのモヤモヤってのがやっと納得言った気がします。

どういうことかというとこの作家さんは先生で、成長しきれないでもがいている女の子を書いてたんだなぁと納得がいったんですね。つまり先生の時は「ぐるぐる悩みをいだいてしまう女の子」を描いて、それの相手役に「包容力のある自立している大人」ってのを用意した。でもあのシチュエーションだとああこの子は同じ悩みを抱いちゃうだろうなぁ、また繰り返すだろうなぁってのはすごくよく分かるんですね。

いや実際分かるかどうかは分からないんだけれど、正確には分かる気がします。だって片方は冷静なんですから一方は距離感を感じてしまっているから。『先生』ででてくる「先生」ってのはどこか冷めた男なんです。よもちろん熱情も持っているけれど、仕事もあるし分別もあるちゃんと仕事のできる大人。夢に向かってただ邁進していくような人間ではないんですよね。別にこれを悪いと言っているんじゃないんです。が、生徒であって恋人である少女に対してもそういう分別を働かせてしまうこれをみていると、ああ~悩みを繰り返してしまうな、という風に思っちゃうんですね。だからやはり同じような悩みを抱いてしまって「おまえなぁ・・・またかっ!」ってツッコミが入ってしまう。

でも、あの関係だとやっぱりそうなるよなぁってのはあります。あの女の子が成長するとしたら先生の物語の後だと思います。もっと先生と親密に時をすごして立場を同等にして・・・

(あ、書いててもしかして無理かなって、ふと思っちゃった。立場の違いからどこか距離感を生んでって、それが成長できない原因のひとつだろって思ったので「じゃあ卒業してもっと先生と距離感縮めたらなんとかなるんじゃね?」と思ったのですが。考えてみたら「守る守られるの関係」に収まってしまうなって・・・うーん、どうしようも無いですかね。まあ、新しい関係を築いて幸せな生活をおくるとは思うのですが・・・)

ちょっと仕切りなおしましょう。

結局何が言いたいかっていうと先生の関係ってのは「どこか距離感ができてしまったぼくたちが成長できない」って悩みと同じじゃないかなってこと。この距離感を作る要因ってのはいくつか在ると思うんです。

例えば現代の並列化する世界。東浩紀さんがいうシミュラークルな世界っていうのはぼくたちの価値観を相対化してしまうって側面が存在する。相対化ってのは絶対の価値が無いってことなんですよね。だから今までだったら「最高ッ!」って思ってたことが「まぁまぁかな」ってなってしまう。相対化ってのはその前提に「評価」ってことがある。そこで「くだらないこと」に力を費やすにはそれなりの条件が必要なんですね。だってつまらないことはやりたくないでしょう。同時にくだらないことに全力を傾けたくないじゃないですか。それが相対化の大きな問題点だし、これから生まれてくる世代とぼくたちが必然的に抱えていかなければならない問題だと思います。

何かを選択した瞬間から「同じ事をするのにもっと効率良くやる手段を剃る方法ないかな~」って探しだすことができてしまうし、してしまう。タイムイズマネーってことばは時は金なりって訳されるけれど今の時代相対化しなくてすむ時を稼ぐってのは、お金をかけても難しいことになってしまってます。このブログを見てくれてたひとやsomething orangeラジオで海燕さんとぼくが喋ってた話を聞いてくれたひとは知っているかもしれませんが「もっといい方法ないかなって探してるその時間がタイムロスだよっ」ってことなんですね。相対化ってのは良くも悪くも横の道が見えてしまうんです。だからもっといい道を見つけたらそっちに移ってしまう。でもそのうつる道を見つけるにかかった時間があれば、元々の道を一歩でも突き進むことがでできる。だから史上最強の弟子ケンイチとかをみて「君は才能がない。だけれど安心しろ君にはもう達人になる道に向かって落ちていくしか道はない諦めろ」ってことばにおお~ってなってしまうんです。ケンイチくんは才能もないし到達もひとの2倍も3倍もかかってしまう子だけれど「おまえこれやりなさいね」ってことに一心不乱に打ち込んで成長していくんです。かれには横の人の成長は見えないし実際序盤で彼のそばにいるのはかれを遥かに上回る「達人」ばかりですから見渡しても意味が無い。かれはどの道が正しいかの「頭のよい」選択は選べないし、仮に「いやだっこんなの拷問だからもっと効率のいい方法が在るはずだっ」とか言っても師匠たちは「よーしそんだけ元気があるならもっとメニュー増やせるな」と返されてしまう。実際最新刊ではかれは成長し、マンガの開始時点では雲の上の「達人」と大差ない存在に勝てるようになっている。これは「よそ見をしない(できない)」で成長せざる負えなかった必然なんだと思うんです。

で、ぼくは成長するためにはある種の視野の狭さってのは必要だと考えるようになっていて、それは「無駄な時を産まない」ということにつながっている。

昭和元禄落語心中(2) (KCx(ITAN))

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例えば以前紹介した「昭和元禄落語心中」なんてのは主人公が単純であるからこそ成長せざる負えないシステムが出来上がってしまっている。かれは「こんなすごいひとを見つけたんだからついてくっきゃ無いでしょう当たり前ですよね」という風情で相手の懐に飛び込んでいってしまう。このようにしてケンイチも落語心中も形は違えどじぶんたちの成長に対して相対評価を取れないかたちを用意してしまっている。とはいえ現代で「そう」あれるには相当の才能や条件が必要ではないかと思います。才能とか能力で言うならそれは「こうと決めたらやるしかない」と自分をカスタマイズするってことだったりすると思うんですね。

しかしそれは現代の人たちに共感してもらうのはすごく難しいと思う。これの類型というのはワンピースのルフィだったりするんですが、描かれ方としては「未知の生物」という描きであって大多数の人間にはそれは「ファンタジー」の領分に感じられているのだと思います。そこで青空エールの物語ってのはそれとは異なって「共感できる主人公」が設定されている。これはこの漫画が少女漫画で中高生を対象に描かれているというのも理由の一つでしょう。

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この物語の1巻では主人公の恋の相手である大介君が「やりたいって思うことが第一歩なんだ」ってヒロインの女の子に語りかけています。ここで言いたいのは「やりたい」と思うのは誰にだって在るだろってことですね。例えば周辺の20代の友達とかに話をしていても「将来音楽をやってみたい」「小説を書いてみたい」ってアレしたいコレしたいってひとはちょこちょこいます。でもたいていは「でもこういう仕事があるから」とか「才能がなければ。。。」ってなってしまいがち。そういうのがリアルなんだとは思うんです。でもこの漫画ではそういう人はもう一歩住みだしているよ。あともう一歩なんだ、と語っている。青空エールってタイトルは読んでいる僕たちに対するエールなんだ、とかそんなことも想像してしまいます。

・・・おっと。ちょっと話がとっちらかっているのでここで書くのをやめておこう。実はコレ以外にもエールを贈ることが逆に自分に返ってくるってはなしとか。贈る相手を間違えるってイベントは無いのかな、とかの話はしたいのですが続巻を買って書く気が起きたら書いてみたいと思います。

(思いつきで書いているのですが、どこか引っかかるところでもあったらクリックしてやって下さい↓)

2012年2月 1日 (水)

偽物語見ながら記事書いたら可愛いしか言ってなかったね

わぁぁぁぁ妹たち可愛いなぁいやほんとにかわいい

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いま偽物語の4話見ながら書いているんですが、この妹たちが愛いのでただただ可愛いなぁって言いたくて書いています。

だってこの生意気な姿かわいいじゃないですか。おにいちゃんおにいちゃん言い続けてお兄ちゃんを慕い続けているこの姿がとてもかわいい。あ、ついでに言うと髪切った羽川さんも可愛いです

いや、偽物語の女の子たちはかわいいなあ。

うーむ、なんでこんなにかわいいと思うんだろう。原作の時から好きだったんだけれど映像になるとまた別の可愛さがありますね

ちなみに2話だかそこらの八九寺へのセクハラは楽しみだったんですが、十分満足でしたね。まあ 想像よりまともなセクハラだったのですが うん それにしても八九寺も可愛かった

だけれど個人的な好みは阿良々木火憐ちゃんに阿良々木月火さんですね。あ、好きな理由のひとつに着物が好きだったってのもあったなあ。今気づいた

そういや、偽物語見ながら書いてるって言ってましたね。いま火憐ちゃんが病気で苦しんでいました。苦しんでいる火憐ちゃんかわいいなあ。べつに女の子が苦しんでいるからかわいいとか思う性格ではないのですが、あの妹たちが苦しむのはかわいいとおもいますね。なんでだろう?

さておまけ

ということでアニメが終わったのですがおまけ話。

CMって気になりますよね。バンダイチャンネルとかニコニコとかいろいろな媒体でアニメをやっているのですが、いまでも録画をしながらみている理由の一つにCMの存在があります。

なんでかっていうとTVアニメってのはCMの存在を前提にしている側面があるから、ってのがあります。これはぼく個人の感情なのかもしれないけれど、作品によってはCMの存在がアニメの面白さを引き立てている部分もあるんじゃないかと思うからなんですね。

いまだTVアニメは15分で区切るように構成されているし、その合間の時間にCMで関連商品を紹介する時間でもあったわけで、もしかしたらCMのある姿が本来の姿なのではないかな、いや違うかな?なんてことを考えながらアニメを見ています。

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(いま数えたらタイトル含めてかわいいだけで20回言ってた。まぁ多少なりとも共感を覚えたらさっき設置方法を覚えた したのボタンを1クリックお願いします)

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