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2010年12月18日 (土)

受け継がれていくものの素晴らしさ―ましろのおと―

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羅川真里茂さんの『ましろのおと』2巻が発売されたので読みました。すっげぇ良かった。

続きはしまいます。

ましろのおととは

『ましろのおと』とは少女マンガ『赤ちゃんとぼく』『しゃにむにGO!』で知られる羅川真里茂さんが少年マンガ誌で書いた津軽三味線を題材にした話である。三味線の師匠である祖父がなくなることを機に道を見失った主人公。ある種の天才であるかれは家出した先の東京でさまざまな人と出会い、交流を深めながら音を深めていく。作品自体は静かながらも深みのある作品(裏を返せば華やかさは控えめ)で、静の中の動が際立つ秀作。2巻になった本作では、目指していた祖父とは異なる道を歩きはじめる主人公の姿が描かれる。津軽三味線を題材にしながら少年が成長していく王道ストーリーを丁寧に作り上げている。
 
 
 
 
なにかが受け継がれていくというのは美しいものなんだと思う

本作では「祖父の音との決別」が描かれます。しかしそれと同時に「祖父から引き継がれたもの」も描かれる。

この描写がとても素晴らしいものだったので、一言言及しておきたい。

「決別しても引き継がれていくもの」、それは”かけがえのないもの”であるのだと自然とわかるもののように見える。

さて、本題に入る前に「決別」と「継承」をなぜこれほどまでに強調しているのかを書こう。
 
 
 
 
 
「決別」と「継承」

さて、当たり前のことですが人と人は違うものです。

わたしとあなた。あなたときみ。ぼくとその子に、この子にあの子。そのすべてが異なる人間で異なる生き方をして考え方をしてきています。

これほど興味関心に趣味嗜好、感受性の異なる人間が同じものをみて同じように反応できるということ。改めて考えると一つの珍事です。

というよりも、人が生きている以上「別れ」というのは避けて通れない命題です。

私の周りの医師が口をそろえて使う言葉に「人間の死亡率は100%なんだ」というのがある(なんでみんなこの言葉を使うんだろう。ブームなのかな)、だがそれと同様に考えると「人間は出会ったからには必ず別れるのだ」という言い方もできるだろう。

最近上野顕太郎著の『さよならもいわずに」というコミックを購入して読んだ。

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突然死んでしまった妻にともなう心の葛藤や出来事を漫画にした作品だ。

その中で、作者と生前の妻は次のような話をしている。

「おれたち出会っちゃったからにはさ、生き別れるか死に別れるしかないんだよね」

それはそうなのだ。

親子であろうが、夫婦であろうが、それが本質的に「他人」である以上「別れ」は避けることができない。

これは人と人の出来事であるが、万物は出会ったからには別れが伴うもの。そういう言い方もできるかもしれない。

音楽が「自分の魂」を表現するものであるとするなら、「他人の音」とは決別しなくてはならない。

それは万人が万人「同じ魂」を持っているという事はほとんどありえないからだと思う。

ちなみに「魂」というとずいぶんと曖昧になるから、「人生」「経験」「考え方」「発想」といったものの総体としてとらえてもらってもいいと思う。

価値の基準を決めるのは個々人の意思や思考(そして環境)である。魂の表現としての音楽は、言い換えれば、自分が今まで培ってきた価値を音楽を通して人に伝えるものともいえる(これは十分条件であって必要条件であないかもしれないが※1)。

同じ価値を同じように胸に抱いていない限りその表現に違いが生じてくるのは当たり前だと思う。

その意味で「師の音との決別」は描かれなければならない話題であった。

さて、とはいってもそれでも「受け継がれるもの」というのはあるわけです。

さきほどざっくりと「他人とは別れなくてはならない」といった(もしかしたら例外もあるかもしれないが、思いつかなかったから一応言いきっておく)、では「誰かから何かを受け継ぐ」とはどういうことなのか?

それは「受け継いだものを自分のものにする」ということだと思う。

先ほどから繰り返し語ってきたように基本は「別れる」はずのものが「引き継がれる」。それが「魂の重要な部分」であるというならそれは「貴いもの」なんだとおもう。

自分が生涯をかけて磨いてきた「価値」「音楽」を誰かに「受け継がせる」。そしてそれを受け取った「他人」がさらに磨きをかけていく。

これは一つの奇跡だと思うんです。だからこそわたしは「継承」の物語が好きです。「3月のライオン」もそういう観点で見ているところがあって、5巻はすばらしかった。

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マンガ的描写による決別と継承

ここまで長々と「決別」と「継承」を語ってきました。しかし「ましろのおと」はそれほど長くやっていない。それは一つに「画による描写」があるのだと思う。

もしコミックを持っている人、雑誌で読んでいる人がいるならTrack 6で主人公雪が「祖父の音を自分からそぎ落とす」シーンを思い起こしてもらいたい。

わたしはこのシーンを始めてみたとき、一本の直立した木(それほど大きくない)を思い起こしていた。枝葉の茂った木から幹以外の枝葉をそぎ落としていくイメージである。

一番根幹の、これ以上削ってしまえば「木」として成り立たないくらいに最低限まで余分な部分をそぎ落としていくイメージだ。

このシーンを見ているだけで「決別」とはどういうことなのか直観的、視覚的イメージが捉えられると思う。

このシーンを見た後にラストの会話を見るから、不思議なまでの感動がうまれる。言語にならないところで理解をし、その結実を見せられたから感動するのだろう。少なくともわたしはそういう側面があった。
 
 
 
 
 
受け継がれ為していくもの

この話のラストで雪はお礼を言われる。

音の魂が祖父から雪へと引き継がれたのだ

祖父は生きる勇気を与え、雪はその痛みを癒した。

このようにして輪環していきながら昔と今が交差している。「ヒカルの碁」や「ちはやふる」が感動するのもこれと同じだと思う。

姿を変え、表現者を変え、それでも同じように人に影響を与える。

継承という物語には語りつくせない魅力がある

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※1 必要条件・十分条件

 すなわちそれにたいして「必要」「十分」な条件のことである。これは2重丸を想像してみるとわかる。そして「バナナ」と「果物」を想像してみよう。「バナナは果物である」。そしてこれらを関連させてみると、2重丸の外の輪っかに「果物」、中の輪っかに「バナナ」が入る。このとき「バナナ」は「果物」に包まれている。つまり、果物の例を出すにはバナナがあれば「十分」であり、逆にバナナである以上それが果物のカテゴリーに含まれているのは「必要」だということだ。
 輪の外側にあって多くのものを包括しているのが「必要条件」、輪の中にあって大きなカテゴリに包括されている個別のものが「十分条件」であると考えてもいい。
 今回のことでいうなら「音楽」というカテゴリのなかに「自分の価値を伝える」という要素があるので「十分条件」

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