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2010年7月27日 (火)

「小さな、だけど大きな奇跡の物語」―借り暮らしのアリエッティをみて―

精巧な作品に心惹かれます。ビスクドール、機械式の時計、そしてオートマタ。

天才が作る劇的な作品とは違うけど、丁寧に、一つ一つ作り上げてきた積み重ねに感動を覚えます。

そしてその積み重ねが結実したとき、天才が作るのとは違う、でもそれに比する大きなものを完成させた時、それは何物にも代えがたい価値あるものだと思います。

「借り暮らしのアリエッティ」とはわたしにとってそういう位置づけの作品だ。

この作品には素晴らしい部分が数多くある。映像、音楽、ストーリー構成。

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それら一つ一つを細かく語ってしまってはずいぶんと長い文章になってしまうだろう。それでは読む人がつらいだろう。なによりわたしがそんなに長くは書きたくない(笑)

だから今回は「借り暮らしのアリエッティ」という作品のストーリー、そして映像効果を中心にちょいちょいと書いておきたいと思う。

わたしがこの作品をみて感動を覚えた第一のポイントはその「丁寧さ」にある。この作品は「ポニョ」のようにめまぐるしく動く代わりに粗さを感じさせるところはない(それが商業的にどういう差を生むかはわからないが、個人的にはこういう作品もないとつらい)。あらゆる行動や動機には理由があり、小さな積み重ねが一つ一つ細かく描かれている。この作品を精緻に見ていけば理解できないところはほとんどないように作られている。(※1)

アリエッティと人間の翔にはそれぞれの視点と理由があり、それらの積み重ねがラストの奇跡(後に述べる)につながる。

そこ以外に読み手に疑問を抱かせる部分はほとんどなく、たとえ分からないように思えても考えると理由が分かるように作られている。

またこの丁寧さにからんでのことだが、これから見るあるいはもう一度見る視聴者は是非この作品の「視点移動」に気を配ってもらいたい。

この作品ではアリエッティと翔の視点が交互に描かれている。人間の何気ない行動はアリエッティから見るとどう映るのか?その対比が意図的に描かれている。

さらに、出来るならばその「視点移動」は「主観の移動」であるのだということも注意して見てもらいたい。実はわたしはこの作品を2度見た。火曜にいずみのさんや海燕さんたちとみて、日曜日に確認したいことがあってもう一度。

そこで確認したのは「アリエッティから見た視点の変化」である。このことは作品をみた人間にはよくわかるのではないかと思う。

たとえば、一番最初にアリエッティが「かり」をする時を思い起こしてほしい。アリエッティが翔に話しかけられるときに、アリエッティから映る翔の恐ろしさ(※2)。しかし物語が進むにつれてその「恐ろしさ」はなりをひそめていく。例外的に、翔がアリエッティの家を○○するときはあるが、それは「なにか恐ろしいことがおこっている」という描写であるにすぎず(人間の何気ない善意と思われる行動が、他の生き物にはとてつもない災厄となりえる)、けっして「アリエッティからみて『翔が』恐ろしい」というわけではない。(※3)

ちなみにこれを補強する部分が「アリエッティの母と翔のシーン」(助けるところ)である。アリエッティ視点から見ているので翔が穏やかな顔をしているのはわかる。しかしアリエッティの母は終始翔をおびえ続けている。これは、最初の”かり”のシーンで「ただ翔がしゃべるだけで恐ろしい」という感覚を母が覚えているからだろう。(※4)

このように「主観的視覚移動」が描かれているのは実に丁寧な仕事であろう。(※5)

さいごに奇跡のはなしをして終ろう。

わたしは先ほど、奇跡以外は理解できるように作られている。と述べている。

いままで述べてきたように、翔とアリエッティは種族の違いをこえて心の交流を図る。これがまず第一の奇跡である。本来交わるはずのない直線上にいた2人が出あい、認め合う。偏見によるバイアスや状況によるマイナスを乗り越えてそのような関係を築けた「偶然の積み重ね」そのものが一つの奇跡として描かれている。

そして第2の奇跡が猫のニーアである。さいごにニーアは重要な役割を果たす。ここにもまた「種族をこえた交流」というもう一つの奇跡が描かれている。(※6)

そういう意味ではこの作品は「小さな、だけど大きな奇跡の物語」とも言えるのかもしれない。

是非お勧めなので見てほしい映画です。

※1 この丁寧さの所以の理由がパンフの中に書いてあった。プロデューサーの鈴木さんの記事を読むとよくわかる。この作品の米林監督は、最初宮さんと鈴木さんに「お前が監督をやれ!」といわれたときに「ぼくには作品の中で訴えたい思想とか主張がない」と返した人である。この答えに対して2人が返したのは「そんなものは原作に書いてあるっ!」という言葉。その言葉通り米林監督は「原作の通り」丁寧に忠実に作品を作り上げたであろうことは想像に難くない(もちろん舞台を日本に移すにあたりかえた部分はあるだろう)。このことは後に述べる「視点移動」のところにも絡む。

※2 この作品を「恋愛物語」だと考えているヒトがいるみたいだが、見方を間違えているとおもう。ただ、そう見えてしまう事はじつはわからないでもない。この「アリエッティと翔の邂逅」シーンでうつるアリエッティの姿のかわいらしさは、どうみても「男の子に一目ぼれしたシーン」のように見える。恥じらう姿がかわいすぎるでしょう。パンフとかをみると、宮さん的には「小さな恋の物語」として予定していたため、このようなシーンの描かれ方をしているのだと思われる。おそらく宮さんが絡まなくなってきた(だろう)中盤以降から、監督のストーリー変更がなされている。つまり、「恋愛物語」としてみた人は、最初の宮さんの(監督とは異なる)意図によるノイズにだまされたという形が近いのではないかと思う。

※3 この主観による視点移動を観点にしてみると、翔の「君たちは滅びゆく種族なんだよ」というシーンの倒錯的な恐ろしさも見て取れる(のではないかと思う)。このシーンでの話しで、「おまえは魔王かっ」とかんでさんが冗談で話していたけど、アリエッティ達から見れば翔たち「人間」は明らかに「魔王」であり、ある意味適切な見方ではないかと思われます。

※4 まぁ、「人間に怖い思いをさせられたから人間すべてにおびえている」という解釈でもいいんだけどね。ただ”そう”も見えるよってことです。実際、翔の「怖さ」が物語前半と後半では違うし。

※5 同じ対象をみていても異なるように見えるという話をテーマにしているのが『紫色のクオリア』である。ライトノベルなので簡単に読めるから、興味を持った人は読んでみてほしい。

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※6 ちなみに火曜にみんなで見終えた後の話に「無私の愛を示したのは猫のニーアだけ」とかあったのだけど、今回は取り上げなかった。ちょっとだけ書いておくと、この話は基本的に「相互の不通」という前提がある作品なんですね。たとえば翔は「良かれと思って」アリエッティの家にたいへんなことをするし、アリエッティだって翔の体調を考えないで「お願い」をする。だいたい事態の悪化を招いたのもアリエッティのそういう部分が大きく寄与しています。またおばあさん(貞子)さんだって、翔と同じように「相手のことを考えない」で自分の思い(小人さんに家を渡してあげたい)で動いています。それの典型がお手伝いのハルさんなんですね。だからこそ、起こった奇跡がより貴いんです。

<補足>

最初に「現代を写すことで」そして「アリエッティの側の世界を精巧に作りこむ」ことで、翔の側の人間の世界のリアリティーとかが保障されるという話をしようとしていたの忘れてたorz

ここで書いておくからよしとするか。

あと、いままで読んでもらえば分かると思うけど、この物語は「種族をこえた交流」の物語なんですね。けっして恋愛ではないし、そういう「世界」が描かれた作品であるにすぎないといってもいいかもしれません。

<補足の補足>

ついでに加えておくと、宮さんは「絵からストーリー」を作る人で、米林さんはたぶんそうではないので、従来通りの「絵ではない」からジブリ的ではないという批判はジブリ作品を画一的に見すぎている気がすると思いましたマル

記事を書いた後に、面白そうなほかの記事あったら下に貼っておきます。言い忘れとか思いつかなかったことのの補足代わりですね。ちなみに、紹介するからといって=同じ見方とは限りませんよ。念のため。

借りぐらしのアリエッティ 感想 ~これは小人と人間の物語~

借りぐらしのアリエッティ 感想(ネタバレ)

借りぐらしのアリエッティ感想

Togetter 『借りぐらしのアリエッティ』鑑賞直後のツイート

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