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2010年3月25日 (木)

ある日のスカイプ会話

ある日の友人とのスカイプ会話

てれびん(以下T):最近これ聞いているんだ。

友人(仮名でSくん):へー

T:出来がいい。基本的にボーカロイドは好きではないけど。こういう使い方はおk。

S:?

T:いやね。例えばこれを見てみて

 出来はかなりいいんだよね。レベルが高いと思う。

S:そうだね。

T:ただね。ボーカロイドが歌う必然性の感じられる曲は少ないかなーと。もしプロが歌うのと比較すればどうだろうと見るとねー。声質に合わせた曲を作っているから違和感が少ないけど、最高レベルを目指すなら人間が歌った方がいいのではないかという気がするのが・・・

 とはいえ。100点と92点くらいの差だと思うからね。些細っちゃ些細なんだけど。しかしねー。伸びしろが感じられるの見るとどんなにレベルが高くても残念に感じてしまうな~。

S:曲のクオリティとしては前衛的でクオリティの高いのもあるけど。焼き直しっぽいのも・・・

T:あと発音が気になるんだよね。ちょっとだけ。全部発音しちゃうから一部が早送りみたいになったりね。それに、一音一音が切れるから、なだらかなメロディがすこしだけ断絶した感じになる。

 誤差で済むレベルだけど。人間が歌えば対処できる部分でねー。

S:気持ち隙間がある感は・・・

T:だからねー。ちょっと残念感がある。もちろん聞き流すならいいんだけど…真面目に聞こうとするとね・・・気になるんだわ

S:素人目にもこれはちょっと惜しい

T:うん。作品を出す(売る)場合は

「なにぃぃぃぃ!これ以上上はあるのかよっっ!」

ってレベルで仕上げてくるべきだと思うのね。さらに上があることを感じさせた時点で負けというかね…

S:まだまだどんぐりの背比べ感が

T:うん。ちなみにJポップとかにも「まだ上があるぜ」感の作品はあるんじゃないかなという気が・・・

S:Jポップは分からん。

T:まぁ。わたしも分からんけどさ(笑)

S:ああ。でも、優劣比較より。個性の違いで処理されるような気はする。

T:なるほどね。ボーカロイドは基本同じ媒体を用いているからねぇ。Jポップでは「個性」の差と認識されるのが、「残念」な要素となりえる場合もあるってことか。

S:ちょっと優劣のフィルター通して評価される面は強そうね

(会話終了)

ちょっと長かったけどこんな会話があったんですね。

以下は上記の会話の補足。

これ結構おもしろい話なんですよね。早稲田文学増刊U30のいずみのさんの『ギフトとしての物語』第一部でしている話と同じだと思います。



どんなにレベルが高くても「さらに上」が感じられてしまえばその作品は「残念」という評価をいただいてしまうんですね。これは考えてみれば至極当たり前の感情です。

だってね。作品を見ている読者(視聴者)は「ここまで行くだろー」という読みをしてしまっているんですね。それがその手前で止まってしまえば、そりゃまぁ、「残念」ですわな。

昨今ささやかれている「ライトノベルが面白く感じられない」「掛け値なしに面白い作品がすくない」という
話もここと関連しているかもしれません。

ここからちょっと長い話が出るので面倒な人は読み飛ばしてください。


情報伝達技術の発達でわたしたちは、多くの物語類型をみることが可能になりました。

するとわたしたちの中に「ここまでいくんじゃないかな」という予測のデータが蓄積されるんですね。トライアンドエラー。物語をみれば見るほどラストが想定される。

で、みている方としてはこころのなかで「おれの予測をこえてくれっ!」って思いがあります。せっかく時間やお金をかけて作品を見ているのだから「想定の範囲内」では見返りが、ない。だから本心では、自分の予想を上回る部分が作品には求められます。いわば自分の予想した範囲は「最低ライン」なんですね。

その「最低ライン」ギリギリ、もしくは到達できない作品は「残念」なんです。

だが今の時代では情報伝達速度の発達が原因でその「最低ライン」のレベルが高い。読み手には「積み重ね」がありますからね。みんなの予想を上回るというのは難しいんです。

そこで出てくるのが「軸をずらす」という手法です。

これは「本来予想されるエンディング」とは別の「予想外のエンディング」を目指す方法です。その一つがTV版の『エヴァンゲリオン』をはじめとした「相手の隙を突く」タイプの物語です。

このタイプの物語の目的は、「どれだけ予測の斜め上」を目指すかです。

「なにぃぃぃぃ!そんな展開がぁぁぁ!」とか「おぃぃぃぃ!見たことねぇよっ!」とか言わせたものが勝ちの「視聴者どっきり対決」のようなものです。

そしてそんなことをエヴァ以降10年間続けたわけですね。脅かし続ければ、おどかされる方もなれてしまいます。

じっさい物語の類型なんてそんなパターンもないので「はいはい。今回はこういう驚かし方出来たんだ。へー。あたらしいね」という反応がかえってくるようになった。

そこで新劇の『エヴァ破』が正面突破のような作品を作ってしまった・・・という話はあるんですが、今回は本題からずれるので割愛しましょう。(エヴァ破は「真正面から相手の予想を上回っていくタイプの作品」「怒涛の物量展開で視聴者の予測しようという思考を断つ」タイプの作品ともいえるでしょう。)

とにかく。そういう蓄積が作品を「残念」にするんですね。とくに後者の「驚きになれる」というのは致命的です。「これから驚かすからねー」といってから驚かされるようなものですからね。これは別に「作品のレベルが高い低い」という次元の話ではないんです。「もし『驚かす』ということを『知らなければ』より驚けた」という仮定の条件があることが問題なんです。

「いまより上がある」ことが如実に実感できてしまうんですね。そして作品は「そこに到達できなかった」。だから「残念」という理屈です。

こうして「常に上がある状態」だから総じて「残念」な作品が多く感じられる。


こういう理由で「上を感じさせたら負け」なんですね。

だから作品を出す以上は「これ以上はない!」と思わせるように出さなければいけないんですね。

ボーカロイドを用いる以上は「人間がやってもこれより質が落ちる」とおもわせる使い方をしなくてはならないという事です。そうでなければ「人間が歌ってなくて」「残念」となってしまうという話。

追記

「個性」と「残念」の話も面白い。人間が歌う場合は「唯一」の存在が歌っているから「より高い次元」が存在しないんですね。比較の対象がなければ山は測れません。対してボーカロイドは「比較対象」が膨大にいるんですね。verの違いから、「人間」まで幅広いんです。そのため「個性」とはならず「残念」と認識されてしまう。などという話。

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