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2010年2月 4日 (木)

『読み方』のHow to 講座

とはいえ大した話ではありません。おそらくこのブログを読んでいる方には、その人なりの『読み方』があるでしょう。ここで言うことが、正しいわけではありません。ただ『読んで』ください。と言われても「どう読めばいいかわからないっ!」という場合もあるので、その一助になればと思い書いています。(実際的なやり方のはなしはLecture 3だけしかやりません)

cf.さいきん学校の授業で「この映画を親子というテーマで読み解いてください」という課題が出ました。そこで途方に暮れていた友人に語ったことをそのまま記事にしてみました。課題を解く手がかりが思いつかないと嘆いていたので、「ああ。そういう人もいるんだな」というのが記事を書く一つの理由にあります。

Lecture 1

まず言いたいことは『絶対』に正しい読み方はおそらくないだろう。ということです。

もちろん間違った読み方というのはあります。それは論理矛盾をきたしている場合ですね。わたしの場合もちょこちょこあるような気がします(検証してないからなぁ。注意しよっ)。そこで『論理矛盾』とはなにか?これを適当に説明してみたいと思います。

たとえばあなたがある物語を『読んだ』とします。そうですね。ファンタジーの王道「魔王を勇者が倒す話」を題材にしてみましょう。あなたは「この勇者は王女のことが好きだから魔王を倒しに向かった」という風に読んだとします。しかし、別の場所で「勇者は別のおんなのこと恋仲にある」描写があればどうでしょうか?あるいは「うらで勇者と魔王が結託していた」などという展開だったらどうでしょうか?あなたの論理の正当性を訴えるには「別のおんなのこと恋仲にあろう」と「うらで魔王と結託」してようと。「勇者は王女が好き」という根拠を示さなくてはなりません。そのロジックエラーの回避が『読み』と『妄想』をわける一因でしょう。

※これは要するに「あいてに『そうかこういう言い方もできるね』といわせなければならない」とも言えます。この先が、相手を説得できるほどのレベルとも言えるでしょう。(自分で言っていて、思い当たる節が多すぎw言ってて胸が痛い(笑))

Lecture 2

物語の読みには少なくとも2種類の『読み』があることを意識する。

一つは『物語自体の解釈』。もうひとつが『物語の内容を加工した解釈』。

この区分は曖昧な領域もある。しかし、おおまかにいうと、前者は『キャラクターのことばや身振りの「わからない」部分の解釈』ということもできる。一般的な『読み』はこちらが該当することが多いのではないだろうか。なぜなら我々が学校で経験した「この時のキャラクターの心情・行動の意味を答えなさい」の延長にあるからだ。学校と違うのは「複数の答えが存在しうる」ことや「物語の外部(外伝・作者の性格・インタビューetc)を用いて考えてもいい」ことなどが挙げられる。

たいして後者は『物語を通じて自分の言いたいことを言う。現実にフィードバックする』。前者は(自分の主観が入るとはいえ)「キャラクター・作者の在りよう」にたいする言及だといえる。あくまで主は「作品」にある。しかし後者はそれが逆転する。「自分の言いたいことを作品のなかから見出す」タイプである。主は「じぶん」にあり、作品はそれの補助とも言える。この場合は、現実に対するフィードバック率がそれなりに高いように思える。

このことをもう少し具体的に書いてみるとしよう。ドラえもんを取り上げてみよう。

いつもどおり「のび太」はジャイアンたちにいじめられた。そこでドラえもんに助けを求めたけど、ドラえもんは道具を貸さない。自分のちからで何とかしなさいという。

このような話を前者、後者の両方の『読み』で見てみることとする。

前者の場合「ドラえもんはのび太に自分のちからで困難に乗り越えられる人間になってほしくてこう言った。なぜならドラえもんの目的は・・・」や「ドラえもんはのび太の行動に嫌気がさしているからこういったのだ。なぜなら毎回毎回・・・」という形になる。

後者の場合「ここでドラえもんは『こうする必要がある』からこう言ったんだよ。だってここでのび太を甘やかしてもいいことないもん。前の回で・・・。だからここでドラえもんはこうしなければならなかった。」とかの形になる。あるいは『ドラえもんのこの行動に自分は凄く感動した!なぜなら・・・』というのもこのタイプである。

『作品』を主にするか、『自分』を主にするかで作品の読みの形は変わってくる。ただし、感想などを書かれる際は両者がクロスオーバーしていることが多い。

つまり。「~の理由でAはこういうことをした(前者)。それは感動するポイントなんですよ。なぜなら~(後者)」という形式になるからだ。

前者で「物語」をどう「見たか」を提示することと、後者でそこから自分が「何を」感じたかは実は別のことなのだ。

Lecture 3

ではどのように『読む』という行為に取りかかるのか?

その一つの方法は「引っかかるところを見つける」です。「感情」に訴えてくるところに注目をすればいいんです。これはLecture 2の後者を始点に考えるタイプの考え方です。

人間というのは「個別の経験」を備えています。これはその人たち独自のもので、似たような経験をしていてもまったく別の形として精神に宿るものです。それが「個性」や「興味」の違いを生むのです。「感情」も同様です。

「感情」につよく訴えかけたところというのは、あなたが「興味」を抱いたところです。「大切にしているもの」や「弱点」だったりします。そこを深く考えていき「自分はなぜここに、これほどきになったのか?」という思考の流れをたどることです。

逆に前者を中心とした見方としては「わからないところ」をみつける。という方法があります。ことばや行動の意味が「わからない」。ここを「なぜわからないのか。どう考えたらわかるようになるのか」ということが思考の端点です。そのヒントをさまざまなところから持ってきて「意味が通るようにする」というのがこのやり方です。こういう疑問の抱き方をするマンガでは『Landreaal』とかが筆頭に挙げられますね。前後の文脈を用いると意味が通る部分が浮かび上がってくる、そういう作品です(なにも考えず読んでもおもしろいけどね)。

ほかに後者のタイプの考え方に「自分の特技などを始点にする」という方法もあります。自分は「ピアノ」をしていたから「音」をポイントにしてコレを見てみよう。「政治」に興味があるから、社会構造を中心に見てみよう。などという考え方もできます。

「自分にしかできない見方」は後者よりで、「誰にでもできる(?)もしくは条件をそろえれば解ける。パズル的な見方」は前者よりです(繰り返すけど、両者の境界はけっこうあいまいです。だから一義的にはこういえない。あくまで「そういう感じがある」)。

こうしていくと『どう読むか』という一助になりえるのではないかと思う。

前者の勉強になりえるタイプの作品

前者と後者の両方のタイプに勉強になりそうな作品

※ふぅ、自分でもできていない自信があります。ちなみに友人に語ったのは「お前は音楽をやっているから『音』を題材に見ていくという手もある。大事なのは『お前でなければ見えない見方』だよ」といって伝えた。映画のタイプが「パズル」的ではなく、ヒントがほとんどないタイプの作品なんです。しょうじきどう読んでも『妄想』と『読み』の差がつきづらい(ように感じる)作品。「根拠」が見いだせないタイプの映画です。だから後者タイプの方法を教えた。

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