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2009年8月

2009年8月31日 (月)

『神様の言うとおりっ!』 読了

51brm61rzbl__sl500_aa240_ 年齢1600歳超の見た目も中身もロリな神様コノハの手違いによって殺されてしまった佐倉恭一。彼は幼馴染にして北原神社の巫女の三宮沙希を媒介にして一時的に現世に蘇る(ぶっちゃけゾンビとして)。太陽光に触れても成仏、お祓いされても成仏、あらゆる清めの法を用いられても成仏の彼は無事にこの世に戻ってくることができるのか?

といったあらすじの本作です。中身の文章が読みやすいせいかさらさらと話が進みました。コメディタッチなのですごく読みやすいです。ただあんまりにも読みやすいせいか、物語に引っ掛かるところがあまりないんですよね。読みやすくて面白いんだけど、あまり心に残らない。この物語大量消費時代を象徴しているようなどこにでもある作品の一つです。

そうはいっても出てくるキャラクターは違和感なく生き生きして動いているし、展開がめちゃくちゃというわけでもない。これからの話の展開によっては化けるかもしれないのでそう簡単に結論を下すわけにはいきません。実際物語の最後でタキリが言っていたセリフも気になりますしね。どちらかというと今巻は物語の登場人物の紹介を兼ねた部分が多かったのかもしれません。ゲームで言うならプロローグ部分ですかね?

となるといろいろ本格的な話は次から進むことになります。出来ることなら人界と神界の違い、生者と死者の違いからくる問題にもう少し踏み込んで物語の展開をして欲しいところです。今回のラストの辺りで「死んでしまったもの」と「死なせてしまったものたち」の構図が描かれています(厳密にはかなり違うけど)。もう少しだけそのあたりに踏み込んでもいいのかとも思います。今回の話を見ていて最も気になったのは「恭一の人格が完成しすぎている」点にあります。実際中途半端に生き返れたからといって「笑い話」には出来ないだろうし、笑い話で済ますには「死」のリスクが多すぎます。太陽光に触れたらペケ、人に自分がゾンビだと知られたらペケという割には主人公恭一の恐怖感があまりに欠如しているように思えます。通常の反応ならばもう少し外に出るのを恐れるだろうし、対人関係がぎくしゃくしてもおかしくないでしょう。また「殺してしまったものたち」の気持ちをそう簡単に慮れるかどうかも疑問が残ります。そういう所に対して作者はどう考えているのでしょうか?

まぁ、ここでふと気になったのは、この主人公恭一のような人格は多かれ少なかれコメディの主人公に通じた根底にあるのではないかということです。卑近な部分ではすごく人間的なんですが、恐怖等といった感情にはひどく鈍感でまるで聖者のような側面を持っている者が少なからずいるような気がします。そんなことをこの作品を読みながらふと思いました。

追記

とはいえ実際にこんな事態に襲われてしまったらその反応がこんなもんだという可能性はもちろんあります。私自身の経験を照らし合わせてみてもそういうことはあり得るような気もします。人間想定外の事態に襲われ(しかも自分はある程度安全だろうという目算があ)れば逆に冷静になることもあり得ます。この恭一のような反応はナチュラルなんでしょうかね?

カテゴリー整理しました

先ほど今までの記事のカテゴリーを整理しました。ちょっとは見やすくなったのではないかと思います。興味のありそうなカテゴリーがありましたらちょいと御一読くださいな。

『星図詠のリーナ2』 感想

51sfde6u8cl__sl500_aa240_ 王女様のマッピングファンタジーの第2巻です。物語は前回ほど起伏に富むものではありませんが、災害難民の問題、エルフとの外交問題、ダールの竜に関する問題と多くの事柄が組み合わさった本作です。ここまで重い話が組み込んであるから作品が重厚で読みにくいものになるのではないかと心配したのですが、そうでもありませんでした。確かに難民問題や外交問題を取り扱うのだからもう少し掘り下げてもよかったのではないかと個人的に思う部分もあるのですが、ライトノベルということを考慮に入れるとこの辺が妥当な落とし所ではないかという気もします。あまり掘り下げるときりがありませんからね。

今回は単純に言えばリーナパートとダールパートの2部に別れています。もちろんそこまで明確には区分出来ないのですが基本的には、難民・外交問題の表パートをリーナ、竜に関する裏パートをダールです。両者は重なる領域を保ちながら独自に動いている節があります。もしかしたら今後しばらくはこのように2部構成で物語を進めていき、最後の方で物語が合流する作りになるかもしれません。

実際「イーデン」は大国とはいえ、歴史は浅い国です。多くの問題もあるはずです。というか、その問題の一部を解決して回っているのがリーナ達です。そのいくつかの問題(たとえば近隣国との食糧・土地・宗教に関する外交問題)が表面化して戦争などの事態が起こりかけ、そこに竜が絡んでくる。

などという展開もあり得るでしょう(まぁ、ただの妄想ですけどね)。どんな展開になるのかは続きを楽しみに待ちましょう。

それにしても竜憑きって他にもいたんですね。時期的にもダールが憑かれた時期と一致するみたいだしどのような謎があるのか楽しみです。また、リーナとダールの仲も徐々にではあるけど縮まっているようです。王道ファンタジーの路線を順調に歩んでいるようで一読者としては安心して読んでいられます。個人的には2人にくっついてほしいですね。ダールとサラも捨てがたいんですが、個人的にはダールとリーナが一押しです。いろいろ心を寄り添わせる要素(差し入れ、ケンカの際の心の動き方、文字勉強、日常の掛け合い)があるので、そのままいくかな~とわくわくしながら読んでいます。

次がいつ出るのかは分からないけど、順調に次巻も出るようなのでそのときまた買います。

追記

次巻から海図の物語。海図=海上の地図=山とかの目印なし=目印は夜の星くらい。ということで、やっと「星図」詠のリーナのタイトルが活きてくる展開になるのだろうか?

参考URL(記事を書く前に読んだ)

2009年8月30日 (日)

そういえば

そういえば昨日『星図詠のリーナ2』を読みました。後で感想書きます。

出来れば中国にいた間によんだものの感想も書きたいところです。

調子が悪い

昨日中国から帰国しました。今は実家に帰っています。

それにしても今は体調が悪いです。昨日の朝からそうなんですが、下腹に違和感がありまくりです。しかも時折痛い。原因が分かりません。

帰ってきてから熱っぽくなったので、いま流行りの新型インフルエンザにでもかかってしまったかと思ったのですが、今は風邪の症状も治って下腹の違和感(といくらかの不具合)のみです。(潜伏してる可能性はあるけど)インフルエンザではないようです。

ストレスだろうか?ちょっと様子を見てみよう。

2009年8月29日 (土)

今日日本に帰ります

今日の午後日本に帰ります。

それにしても中国にいる間にそこそこの数の本とかを読みました。

  • 母は娘の人生を支配する
  • チョこわ
  • 獣の奏者
  • うみねこのなく頃に ep5  etc

基本1日1冊程度でしょうか?なかなか有意義に読書できた気もします。まぁ、予定より全然読めなかったのが残念ですが…

ところで今回の旅の間に読み進めたもので群を抜いているのが『獣の奏者』と『うむねこ』です。正直2つともすげぇ面白かった。

獣の奏者は動物と心を通わせようとするエリンが人間の世界の様々な事柄に曝されながらも自分の道を歩いて行く姿が(小説なりの)リアルな姿で描かれていて引きこまれた。

うみねこは、よくあんな主人公たちの立ち位置を変えていく物語をかけるなと改めて感心した。メタな立場とその中で目まぐるしく変わる登場人物の立ち位置。それにさほどの違和感を感じさせない物語の構成力。推理をぶつけ合う平坦なものを戦闘シーンを混ぜて痛快なアクションにする発想。毎回そこに感心するが、今回の物語も予想にたがわなかった。

旅の一番の思い出が小説とゲームになりそうな勢いでした。

2009年8月27日 (木)

寝てた

気づいたら12時間以上寝てました。

これから朝飯食べて、杭州に行きます。

…次もインターネット設備あるかな~?たぶんあると思うけど…

2009年8月26日 (水)

獣の奏者 面白い

今日読み始めた獣の奏者の2巻がもうすぐで読み終わります。1日1冊ないし2冊ペースで読み終えているので帰国までに未読の本がどれだけ残るか心配です。まぁ、出国直前にも十数冊本を買い求めたのでもつと思いたいです。

ちなみに今日読み終えた本は

  • 母は娘の人生を支配する
  • 獣の奏者①

今夜更かししながら2巻を読んでました。アニメと違って展開は急だけどこれはこれでいい感じです。情景描写がとても美しいです。リランの話し方がかわいくて好きです。

明日には4巻まで読み終えてるかもしれません。

音楽をブログで流す

…人から聞いていた情報と異なり蘇州のホテルではインターネット使い放題でした。

ということで宣言よりかなり早いですが、音楽の流し方を記載しておきます。また、このブログがココログなので、正確には「ココログ」で音楽を流す方法です。まぁ、別のブログにも応用ができるように書くつもりです。

1 voonを用いて音楽をブログで流す

  1. voonのサイトに行き「無料で新規登録」をしてください 
  2. 同時(最初でも良い)にvoonで流したい音楽を用意してください。mp3がイイです。
  3. voonの「ファイルの追加」からその音楽を追加してください。またCDから取り込んだ音楽の場合取り込めないことがあります。その場合はcraving explorerのような道具を用いてユーチューブなどからその音楽を取得してファイルを追加してください。
  4. 次に「voon player」の「voon シール」を選択してください
  5. 後はそこで色の設定、音楽を貼り付けるブログの選択があります。ココログの場合はココログを選択してください
  6. ココログのマイリストを設定してください。私はBGMという新しいフォルダをマイリストに作っています。
  7. 次にリストの中のメモ欄にvoonシールのコンピュータ言語を貼り付けてください(ちなみに私はリストタイプはリンクにしています。)
  8. 後はマイリストをブログに反映させれば終わりです。

注意  この方法では無限ループは(たぶん)できません。やり方わかる人いたら教えてほしいです。

2 埋め込み型音楽の利用

  1. まず埋め込まれている音楽を用意してください。たとえばWAVEのサイトにあるように、そのサイトに行くと音楽が流れるような場所のことです。具体的には以下のような場所です。http://www.circle-wave.net/product/message/tr1.html この音楽を流す場所をクリックしてください。i tuneならそのアドレス、media playerならその音楽がどこからダウンロードされているかを調べてください。音楽の題名を右クリック→プロパティで場所が示されているはずです。
  2. ココログのマイリストを設定してください。私はBGMという新しいフォルダをマイリストに作っています。
  3. メモ欄に <embed src="先ほどのURLを入れる" autostart="false" loop="true" hidden="false" width="180" height="40"><noembed><音楽が再生できませんでした</noembed>  を貼り付け。さっき調べた音楽のURLを入れ忘れないでください
  4. 1のときと同様にブログに反映させてください

注意 私は勝手に音楽が流れないようにしていますが、サイトに入った瞬間に音楽を流せるようにしてる人もいます(音楽の無限ループとかも)。それについては自分で調べてみてください。上のコンピュータ言語が一部異なるだけです。ググればすぐ出てきます。

注意2 音楽の著作権関連には注意してくださいね。一応このブログでもできるだけ気にしながらやってるつもりです。日本ファルコムの「音楽フリー宣言」などを有効利用してください

また、2と同様にしてユーチューブの映像をカットして音楽だけ流すことも(一応)できます。問題は、詳細なメソッドがありません、ということです。いざとなったら試してみるのもいいかもしれません。無限ループもできます。

2009年8月25日 (火)

音楽の流し方(略)

リクエストがあったのでブログでvoonを用いて音楽を流す方法を簡単に書いておきます。

できれば詳しく書きたいのですが、これから蘇州に行くので書くことができません。しかもホテルを移るので、そちらでもインターネットを使えるか分からないので…

具体的な詳しい方法は日本に帰ってから書きます(数日後)。

1voonでアカウントを取得します。日本語で説明しているのでそんなに難しくないと思います。

2voonに取り込む音楽を用意します。CDから取り込んだ曲が使えないことがありますが、その場合はcraving explorerなどでユーチューブなどからダウンロードしたものを用いてください。mp3が妥当です。

3voonに音楽を取り込ませます。

4voonの選択の中に取り込んだ音楽を表示させるタグのアドレスがあります。ココログなどのブログを選んでそのタグをコピー

5ココログならマイリストのところから貼り付けてグループを作ってください

6ブログに表示できるようにすれば終わりです。

…すいません。時間ないので今はこれだけです。記憶に頼ってるので詳細を詰められません。最悪でも日本に帰ったらもっと詳しく書きます。

てれびん

メルブラ 7巻 感想続き

前回の記事あんなだけど面白いですよ、コレ。単純にこれを”エピローグ”扱いしてしまうと物語全体のバランスが崩れるので、アレだけど…ってだけです。

それにしてもどこがどうとは言えないけど、桐嶋たけるさんのメルブラは何となく面白いです。元々立っているキャラを見事にマンガ版にリアレンジしたような気がします。適度に入ってくるギャグパートと戦闘のかっこよさがウリですね。また、物語の描き方がとても丁寧です。マンガしか知らない人でもメルブラに入っていけるように注意深く書かれています。

その意味ではEX.actは物語を補足する意味でも良い出来です。

とにかく次巻で完結です。どんなエンドになるかすごく楽しみです。

追伸

都古がイイ!活発な行動力、異常な事態を受け入れる適応力の高さ、とくに重要な行動はしてないのにピンポイントに物語に絡んでいくその姿。非常に”濃い”キャラです。

2009年8月24日 (月)

『MELTY BLOOD』7巻 感想

Top01 ……あれ、何これ?

どうも、1日ぶりのてれびんです。無事ホテルでネットをすることができています。意志疎通における英語の大切さを実感する1日でした。なにせ第2外国語の選択は中国語ではありません。当然日本語も通じません。必然用いるのは英語オンリー。中国に来たのに欠片も中国語を覚えていません。磨かれるのは英語のスキルのみ。……英語できないから今の大学にいるのに…

というような感じの中『MELTY  BLOOD』7巻の感想を書かせてもらいます。

…で、何これ?前回までのシリアスストーリーはどこに行ったのですか?というか「あの」ストーリーの後に「これ」をやりますか…

なんかみんなの苦労が水の泡です。前巻まではシオンが悲壮な決意をしたり、志貴が限界まで体を酷使してまでしてタタリを止めたのに……

私はメルブラはやったことがないので「遠野家ルート」の詳細は知りません。しかし今回の話を見る限りでは「鬼門」の意味がわかりました(カバー脇を参照)。

…かわいそうに(主に琥珀さんに振り回される人たち)

    ……

今日は眠いからここまでにしておきます。詳しくはまた今度。

追伸

また、もしメルブラを知らない人は、まず『月姫』をやってからゲームorマンガを楽しんでみてください。

2009年8月23日 (日)

無理だった……

読んだ本の感想をストックしておこうと思ったが無理だった。

…最悪一週間ブログが更新されないかもしれません(汗)

2009年8月22日 (土)

明日から中国

ちょっと明日から中国に行ってきます。泊まるホテルでネットにつながれるのかも知らないので(確認すらとってません…ミスった!)、最悪ブログの更新は1週間ほど滞るかもしれません。

できれば日本にいない間も定期的に更新できるようにしたいのですが…

なんとかやれるかやってみます。毎日本は読んでたので、その感想が時間指定で掲載されるようにしようかな?これからこれから体力が残っていれば挑戦してみます。

2009年8月20日 (木)

『夜明け色の詠使いⅩ』 読了

51adphzikll__sl500_aa240_ 私はこの作品が本当に大好きです。テーマがいいとか、作者の技量がすごいとか、物語の展開が素晴らしいとか……そういう具体的な要素ではなく、ただこの物語の”雰囲気”が大好きです(もちろんストーリーがいいとかも当然あるんですけどね)。

こういう「童話」のような作品は本当に貴重だと思います。「ファンタジーらしいファンタジー」でした。文章だけで物語の「音」を表現してきた作者の技量には感服するほかありません。

この物語の1巻を読んだ時の気持ちはまだ覚えています。学生寮(予備校時代)で住んでいる時、一人何気なく手に取った本。頼りなさげな少年が失敗を繰り返し、少女と出会い、少しだけ成長する。それがこの物語で詠われるオラトリオと相まって不思議なまでに静謐で、幻想的でした。あの読後感の感動は言葉で言い表すのが難しいです。小学校の頃、竜やユニコーンのような幻想獣がでてくる外国のファンタジー小説を読み終えたときの満足感のような感情が一番近いのだと思います(映画『ネバーエンディングストーリー』でも似た感覚あった)。

物語に魅せられたというより、物語を取り巻く世界そのものに魅せられたようなものでしょうか。

この物語には悪人はいません。いるのは前へ進もうとするやさしい子どもたちと、かつて子どもだったあたたかな大人たちだけです。もちろん主義主張が違うから対立することはありました。悲しみがなかったわけではありません。それでもこの物語には「悪意」をもって世界を滅ぼそうという魔王や、子どもを傷つけようという大人、自暴自棄に自らを傷つける子どもというのはいませんでした。みんなホントにあたたかった。

それはこの物語を最後まで読めば分かります。『みんな』があたたかい世界です。出会えてよかった小説の一つです。

補足

  • そうはいっても展開は1部のラストと似た展開だったのが気になった。あれは意図的にやったのだろうか?物語全体を通してネイトとクルーエルの成長を対比できるようにしたのだろうか?(たとえば2人の唱和とかネイトのクルーエルを救う過程の変化とか)
  • ネイトとクルーエルの関係はほんとうにゆっくり進んできたね。あの2人はあのペースで進んできたのだから、それを全部見てきたものの一人としては感慨深いものがあるよ。
  • これは『子どもと大人』の物語で、『絆』の物語だった。「キレイごとの世界」かもしれないけど私にはとても尊い世界に見えた。たまにはこんな夢物語に浸るのもいいよ。みていて気持ちいい。
  • この作品みていると『テイルズ』シリーズを思い出す。あの黒い扉絵(場所の名前付き)が喚起させる。雰囲気に合っているからいいけどね。
  • 26話くらいでTVで見てみたい。
  • ……でも結局クルーエルやシャオとかの頭一つ抜けた名詠能力は正されなかったな。ということは物語中ではクルーエルが実は最強で終わったのだろうか?
  • とにかく読んでて楽しかった。

昨日買った

地元帰る途中に買いました。

  • クイックセーブ&ロード(ガガガ文庫)
  • カンピオーネ4(スーパーダッシュ文庫)←前買った気がするんだけど、どこ行ったかわかんないのでもっかいかった。しかももう読み終わる。
  • 覇者の三剣4(富士見ファンタジア文庫)←もう読んだ
  • 夜明け色の詠使いⅩ(〃)←もう読んだ
  • 大伝説の勇者の伝説6(〃)
  • ちょコワ、いかがでしょう?(〃)

……何しているんだ、自分?よっぽど移動がひまだったんだな~

2009年8月19日 (水)

『サマーウォーズ』感想(仮?)

ばあちゃ~ん!!!

……いや、何をとち狂ったかっていう一声で始まりましたが、別にとち狂ってはいません(たぶん……)

この映画見終わっての感想がまずこれだったんですよ。いや、時間があったから見に行っただけの作品だったけど、マジにすごかった。確かにエヴァ破を見るの一回減らしてでも見るべき映画(カイエン氏曰く)だわ、コリャ。

もちろんいろいろ欠点はあるよ。展開が唐突だったり、重要人物が都合よく主人公のそばにいたり……って感じのわざとらしさは感じた。その点ではエヴァとは違うと思う。エヴァは一度完結した作品だから、見る方も事前情報などは持っていて、映画の違和感を補う情報を持っている。そういう意味での完成度という点では上回っていると思うしね。でもこの映画はエヴァが(現時点では)持ってないものを持っている。それはテーマ性だったり、登場するキャラクターが「大人」ということもあるかもしれない。両者は比べるものではないけれど、この時期にほぼ同時にこういう映画が公開されているというのは(偶然なんだろうけど)それにしても意義深い。個人的には両方を同時期に見てもらいたい。

僕はこの作品を事前情報なしに見ました。聞いていたのは「面白いらしい」ということだけ。それでとても面白かった。どんな内容なのかもわからないで映画を見に行ってあたりを引くのはとてもラッキーな気持ちでした。SFなのかファンタジーなのか、学園ものなのかロボットものなのか、格闘アクションなのか推理物なのか……etcそれすら知りませんでした。だからもしこれを読んでいる人で事前情報を持たないで映画を見たいと思った人はこの先を見ないでその足で映画館に行ってください。そのためにしばらく下は空白にしておきます。

   

   

  

  

  

  

   

   

   

  

 

   

  

  

……それでは、感想を書きましょう。ちなみにこの感想タイトルに(仮)ってついているのは、この書いている時間で感想がすべて書けるかわからないからです。ちょっと用事があってこれから地元に戻ってその足で中国にいってこないといけないから。感想を書く時間が限られてしまうからね。場合によっては途中で書くのをやめて、10日あと位に改めて感想を書くかもしれない(中国でネットつなげたらそこで書くけど……どんな宿かすら知らないしなぁ……)

……うん。それでとにかく面白かった

まさかあんな映画だとは想像すらしていなかった。ホント映画を見ていて泣いたのなんて初めてじゃなかろうか(一筋の涙だけだけど)。普段どんな感動の名作といわれる映画を見ても泣けなかったのに、ばあちゃんが各方面に電話をしながら「あんたならできる」「ふんばらないでどうするんだい」とか言っているときになんかすごく感動してしまった。

ばあちゃんの懐の広さ、経験、人とのつながり。こういうモノが組み合わさってああいう各方面の人と電話をしているんだと思うとなんだか泣けてきた。しかもその会話の端々に人間的な会話が組み込まれているから、機械的な人間同士のつながりではないことを感じて「あったかい」人間関係を久しぶりに画面で見た気がする。

しかも物語ラストの方のナツキの花札対決のシーン。あそこもばあちゃんのこのシーンがあったからより際立ったんじゃないかと感じた。あれを見て、巷で言われる「ネットが普及することで人間関係は希薄になってしまう」という言説以外の可能性はやはりあるんだろうなという感想を抱いた。多くの人間がつながることができるから「人間関係の濃度が薄くなってしまう」という側面はたしかにあるのかもしれない、しかしその一方「どこからでもつながれる」からといって一概に人間関係の密度が薄くなると言えるのだろうか?手紙では直筆だから人間的「あったかさ」にあふれていて、メールでは「つめたい」のだろうか?

それ以外の可能性もあるんだろうよ、とこの映画は言っているように私には見える。もっと考えを詰めないと詳しくは書けないのでこの辺に関しては時間のある時にもう少し考えておきたい。

……あっ、時間だ。やっぱりもう少し時間のある時にきちんと書こうと思う(……できればだが)。

とにかくばあちゃんに感動した。

追伸 主人公の健二についての言及ゼロだった(汗)

参考URL

ここ数日買ったもの

ちょっとこなさなきゃならない仕事が立て込んでいたため、ブログの更新ができませんでした。おかげで書くと言っていたものも書けない始末……。

とにかく、言っていたもの第一段―買ったもの―公開です

CD

  • ディエス=ノヴァ
  • 空想RPG 
  • 燐音
  • 睡眠都市
  • うみねこのなく頃に music box blue
  • 黎明ローレライ
  • GO AHEAD(終りのクロニクル)
  • White-Lips
  • NOSTALGIA
  • VERTICAL FACTAR

ゲーム

  • 学校であった怖い話 特別編 1995
  • Omegaの視界 アキかけたシキのアイ 残
  • うみねこのなく頃に 散
  • 明日の君に逢うために
  • 明日の七海に逢うために
  • スマガ スペシャル
  • カタハネ
  • PRISM ARC

  • 探偵小説と記号的人物
  • 探偵小説はセカイと遭遇する
  • 母は娘の人生を支配する
  • 思想地図 Vol.3
  • レインツリーの国
  • 脳を鍛える(立花隆)
  • 私の男(桜庭一樹)
  • 存在論的、郵便的
  • <集中講義>日本の現代思想
  • 獣の奏者①②
  • シャングリ・ラ<上下>
  • 銃とチョコレート
  • ヤングガン・カルナバル・スペシャル
  • 日本の難点(宮台信司)
  • 世論という悪夢(小林よしのり)
  • <個>から始める生命論

その他

  • 村尾の政経 「政治」分野の特別講義
  • 〃       「経済」 〃

コミック

  • この世界の片隅に<上中下>
  • 二十面相の娘―少女探偵団ー

洋書

  • 動物化するポストモダン<英語翻訳>

……たぶんこれくらい?

……処理できるだろうかこの量(汗)

2009年8月17日 (月)

『サマーウォーズ』見てきた

すげぇ面白かった。感想は後で書く。こなさないといけないことがいくつかあるから、その後。明日中には書けるだろう。

ふと思った

「命を繋ぎ止める(救う)ことはできても患者さんを治すことはできない?」

今日k-booksでラノベを探しているときに、ふとそんな風に思った。どうしてそんなことを思ったかは私はわからない。多分いつもの思いつきなのだろう。まぁ、後付けの解説でも加えてみよう。

私は基本的に「病気を治すのは患者さん」というスタンスをとろうと思っている(なにか自分の考えが変わる出来事があれば、別のものに変わる可能性は否定しないが……たぶん変わらない気がする)。かぎかっこの後半の部分はここに該当する。

これは東洋漢方などのかんがえかたなどを意識すると当然のことのように思う。もちろん抗がん剤などのように積極的に病変を叩くものもあるが、基本は患者さんの体力・治癒力だと思うからだ。

あと、自身への戒めの意味も込めている。数多くの患者さんに接しているうちに「自分は患者を治している」という考えになっているかもしれない。自分がこうなることで患者さんとの「対話」などが困難になる可能性を軽減させたいからやっていること(のように思う←そこまで強力に意識しては行ってないからこのように領域を持った表現をとらせてもらう)。

これに対して前半部分はどういうことだろう?

……これはそのままの意味である。例えば映画などを考えてみよう。ハリウッドムービーの中には、今にも敵に殺されそうな仲間(ヒロイン)を主人公が助け出すシーンがある(もちろん逆のパターンもあるが)。このとき殺されかけた相手はまぎれもなく「命を救われた」といえるだろう。

医療の場合も同じである。

このままでは確実に死んでしまう患者さん。例えば交通事故で脳を始めとして多くの重大な損傷を受けたもの、鉄パイプなどが眼球や腹部の重大な部分に刺さってしまったもの。これはどんなに応急処置をしたところで自己治癒では治りきらない部分が多いのではないかと思う。これを手術などによって「救う」。脳手術や、鉄パイプを抜く開腹手術、それを可能にする薬。これらをもって患者さんの命を現在の時間につなぎ止めたならそれは「命を救った」といえるのではないだろうか?(※1)

ある意味これは当たり前の感覚ではないかと思う。日常社会において医療者とは(いい悪いは別として)患者さんを治す存在と(一般には)認識されている。

しかし、先ほどかぎかっこの後半に関して言及したように「患者さんの治癒力を前提」として「治す」というのは日常的に見られることのように思う。大半の薬は患者さんの病状を「抑える」ものであり、それだけをもって治すということはないだろう。あくまで患者さんの自己治癒機能を考慮に入れながら複合的に用いていくものだと感じている。どちらかといえば、「主」は自己治癒であり、薬などは「従」である(もちろん数多くの例外はある。このように自己治癒が主眼に来れる患者さんは比較的重篤ではない病気の方々が中心となる印象が私にはある。しかし、患者さんの大半は入院などの(一般的に重病と感じられる)状態にならないことを考えるとそれほど軽視していい出来事ではないように思う)。

では何故医療者は患者さんを「治す」と思われるのか?そして医療者の中に「自分は患者を治してやっているんだ」という財前 五郎(※2)的医師が出てくるのか?

それは患者さんの「命を救う」ことと「病気を治す」ことを混同しているものが多いからではないかと思う。これらはにているようでいて、決して同一のものではない。「応急処置」で「ほっておけば死ぬ」状態を改善してもそれがイコール「病気が治った」ことと同等ではない。

これも先ほどの映画の例でいうと。戦場で殺されそうな仲間を救ったところ(=手術)で、状況が先延ばしになっただけにすぎない。本当に安全な地帯を求めるなら少なくとも戦場から抜け出さなくてはならない(=病気を治す)だろう。

両者は密接に結びついてしかし別物である。

我々(医療者医療関係職を目指す者のみならず全員)はこのことを少し意識したほうがいいのだろうか。

……などということをふと思いました。(※3)

※1ここでいう「命」とは狭義の意味の命である。人生や生活ではなく、生命活動的なもの限定で用いている。

※2財前五郎が本当にこんな考えを抱いていたかは……覚えてない。「傲慢」なイメージの通りが良くなるかと思って用いたにすぎない。

※3あくまで思いつきです。見当はずれかもしれません。基本的に自分に問いかけて確認してもらえると助かります。具体的なデータもないので、「可能性」の一端です。

※4この文章では断定的表現は極力避けた。それは、この私の意見を支える客観データがないからに他ならない(専門も勉強してないから、詳細で理解できてない部分が数多くあるし)。そのため曖昧な表現が多いのは勘弁してほしい。繰り返し言うが、「思いつき」です。

2009年8月16日 (日)

……買えなかった

今日秋葉原に行ってきた。正直かなりの金を使ったのだが、それでもいくつか変えなかったものがある一つがWAVEの「VERIDICAL FACTOR」であり、「cloisters' end and piano piece collection (love solfege)、そして「未明堂異聞」である。

残念だった。売ってなかった気がするのだが、本当に売ってなかったのだろうか?メロンブックすでは入荷未定といわれたのだが……

とにかく今日買った数が膨大だから今日明日にでもリスト化する。

追伸 あきばお~こく最新1300作程度一通り「VERIDICAL FACTOR」のみ発見。今ネットで買った。……ラブジュも何とかした。

2009年8月15日 (土)

星守る犬 読了

Img050 どこにでもあるありふれた日常。もしかしたら将来の自分かもしれない。そんな感覚を読み手に与える作品でした。「おとうさん」と「ハッピー」の幸せな一人と一匹の旅。これは今の時代だからこそ多くの人間にセンシティブに感じられる物語です。傍から見れば明らかに幸せではないと思われる物語なのに、その視点を一人と一匹に移すとその様相が変わっていく。物語の開始から終わりまでまるで一篇の映画を見ているかのようでした。清水玲子のように美麗な絵ではないけど、その構図と実直な絵が組み合わさって妙に一体感を感じさせた。

でもなんでこんなに身に迫ってくる作品に感じられるのだろう?まぁ、私の予測を簡単に書いてみよう。

まず第一にこの時代がある。テレビを見れば必ずワーキングプアとか失業者とかの話題が耳に入ってくる。ホントに突然「日常がひっくり返る」ことがあるかもしれない。それを徐々に、しかし確実に迫ってくるように描いていたことにも要因がある気がする。

次に「おとうさん」という名前がある。わたしたちは「おとうさん」という具体的な固有名詞を持たない存在にいろいろなものを当てはめて読む。それは自分かもしれないし、自分のおとうさんかもしれない、または夫かもしれない。そこに自分の経験を投影することで自分で勝手に物語に現実感を与えてしまうように書かれている。じつに上手い物語だ。

第三に物語全体を支配する「浮世離れ」した感覚だ。これは前の要素と逆のようだが、そうではない。この浮世離れした感覚がこの作品を読みやすいものにしている。あまりに身に迫る(しかも自分の経験等を投影してしまった)作品では読んでいる読み手がつらくなってしまう。これはテレビなどで失業者特集や浮気特集をやっているときに、つい変えてしまったりしたことがあるものはわかりやすい感覚だと思う。日常に潜む何気ない「つらさ」を見続けるのは結構つらいものがある。自分と重なる部分が多いために「人ごと」に感じられないからだ(だからこそ多くの注目を浴びるという側面もある)。それを緩和しているのがこの「非現実感」だ。それを生み出しているのは先ほど言ったように「映画のような」構図だろうし。主人公が犬だったりすることがある。

また、最初にこの一人と一匹がどうなったかが示されていることも強い影響を与えている。未来を知ることは作中の登場人物はできない。しかし読者は未来を知れる。そうすることで作中に自己投影しながらどこか離れた場所で作品を眺めることが可能になる。私はこの作品を読むとき宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を思い出す。『銀河鉄道の夜』にはカンパネルラの死が最初の方で語られるバージョンがあったという話を聞いたことがある。もしこのバージョンで『銀河鉄道の夜』を読めばこの作品と同じような感覚を抱くように思う。

このような複合的要因などが複雑に絡み合ってこのような作品を形作っていたように思う。

追伸1

……あっ!後半の物語の言及忘れてた。気が向けば書く。

追伸2

一度物語の「結末」を描かれたあとに、「ハッピー」の視点を通して物語をもう一度「結末」に持っていく。そのようにしてこの物語は「再定義」されたのではないか?

といった内容の言及を書き忘れてたのでちょっと書いておく。

参考(記事書く前に読みました) 

参考記事(書いた後に読みました)

2009年8月14日 (金)

買おうと思ってます

今年もあの祭典がやってきました。夏コミが今日から開催しています。私はビッグサイトに行く気はないんですが、いくらか欲しい商品があります(あの暑さには耐えられないし耐えたくない)。

そんな訳で明後日日曜に秋葉原に遊びに行くことにしました。目的はCDやゲームです。明日会場販売するそうなので明後日に販売店店頭に並ぶことでしょう。ちょっと高いですが楽さを優先します。

以下は現在買おうかと思っている作品です。携帯からチェックできるように画像付きで載っけときます。

「うみねこのなく頃に 散 End of the Golden Witch」

101873721cloisters' end and piano piece collection070bn_150150 (love solfege)

「VERIDICAL FACTOR」 (WAVE)←画像は仮

Top

Dies_s「Dies=Nova」 (Luna-Haze)

黎明ローレライ (少女病

Lorelei 空想RPG(少女病)Rpg

Navdisc4 GO AHEAD(Voitage Of Imagination)

Top_ibun 【未明堂異聞】(mimei)

ぐだぐだに行こう(移行?)

最近真面目な集団に囲まれていたので、もっともっとぐだぐだな状態に戻っていきたいと思います(まぁ、医ゼミはホント楽しかったんですけどね……でも2週間は長かった。ちょっと息が詰まったのは否定できない。どんな楽しくてもああいう場では芯から自由な心持でいられないので、やっぱどっか息が詰まってしまう)。

ちょっといろいろダメな友人の力を借りて現在リハビリ(?)中です。しばらく出してこなかった自分(もっとも楽な状態の自分?)を引っ張り出すのに手伝ってもらってます。ぐだぐだで行こう!

ってわけで、今日は久しぶりにテレビを見ながらぐ~たらしてます。

帰ってきた

信州から帰ってきました。正直けっこう疲れたよ。もちろんいろんな人と会えて楽しいんだけど、約2週間は長かったよ。

医ゼミin信州の感想

みんなマジメ!いろいろ軽くやっているように見えてみんななんだかんだでマジメ!いやホントえらい。より良い医療従事者になるにはどうしたらいいのか、社会と健康の関係やそれに対して医療者が行うべきことを本気で考えてきたのがよく分かる。

僕なんかはかなりいい加減(というか行き当たりばったり)の人間だから「みんなエライな~」とか思って見ていた。発言も基本は思いつきとかだしね。

そんな感じでした。

2009年8月12日 (水)

偽りのドラグーン 感想

513vatql0bl__sl500_aa240_ うん、微妙。

設定は面白そう(というか私が好きそう)なんですが、内容はかなり微妙でした。何が原因かというとかなり複合的なんですが、まず一つの要因としては「おどろき」がないことが挙げられます。これがないため、物語を読んでいって得られるカタルシスが異常に少ない。以下に物語の概略を記述してみます。

設定で故国の復讐を誓う主人公は別にかまわないのですが、その後の展開が普通すぎます。孤児院スタート→ヒロインと出会う→学校に入学→成績最下位→努力→事件→1巻のボス(アダマン)と戦闘→主人公の隠された力が発動、勝利。

……え~と、RPGで言うなら本格的に冒険が開始する直前ってところでしょうか?ゲーム始めて30分目ぐらいではないかと思います。

かなり陳腐な展開が繰り広げられていました(特に隠された力の部分)。隠された力を出すにしてももう少し出し方ってものがあったんじゃあないでしょうか?あんな如何にも「いまから主人公がピンチに陥って突然すごい力出します」って書き方はやめてほしい(しかも出たのはただのバカでかいエネルギー弾。結構普通。)。でも、もしかするとこれから面白くなるかもしれないから判断は保留。一応、次も買います。

で、2点目を少し言及。復讐が薄っぺらい気がする。なんかもっと暗くてドロドロした中で、しかし絶望に陥らず前向きに復讐を成し遂げようとしてほしかった(前向きな復讐?)。復讐の名作「モンテクリスト伯」とかに比べるとちょっと……って感じです。せっかく復讐という題材があるのだから生かしてほしい。

追伸

  • クリスが予想通り女性でうれしかった。陳腐なのは嫌だけど、こういう「おやくそく」は好き。
  • 出てくるキャラが違和感なく「立って」いるのは安心。キャラクターは好きです。

参考

2009年8月11日 (火)

ちはやふる 1~5巻 読みました

51ldgvh4fl__sl500_aa240_ 『ちはやふる』読みました。表紙は若宮詩幌です。作中での圧倒的な存在感に感化されてついこの画像を選択してしまいました。

感想としては、「面白いです」というのが僕の中での正直なところです。それ以上に付け加える言葉がありません。

う~ん、上手く伝えられるかは分からないんですが、「感情の揺れ幅があまりなく」シンプルに「おもしろい」という感想なんです。そのため付け加える感想がほとんどないんです。

ちょっと説明してみることとします。

通常「おもしろい」というのは感情とリンクするものですよね。キャラクターのいる「世界」に取り込まれ、そこから自然と発露する感情の中から「おもしろい」という感想が出てくる。しかし、今回の場合は最初に「物語に取り込まれる(引き込まれる)」という作業が効率よく働かなかったんです。そのため「感情と直リンクしないおもしろい」という一見パラドックスな状態が存在してしまう。

……いや、どこが悪いというのは特にないんです。ホントに。非常にスピーディで読みやすいし、作品に登場するキャラクターも十分魅力的です。個人的には4巻からが一番好きです。……というか、4巻以降から感情とリンクするようになってきました。

これについて少し考えてみることにしました。するとわかってきたことがいくつかありました。

その中の一つにわたしは『ちはやふる』を「こわがって読んでいた」ということがあるんですね。これがどういうことかもう少し詳しく書くと、わたしは「『ちはやふる』のキャラクターたちがいつ恋愛状態を発動して物語を台無しにするか」を恐れながら作品を読んでいたということです。

この辺の内容については私が書くより下のリンク記事を見てもらう方が早いのではないかと思います。

わたしはこの記事で言うような「恋愛至上主義」の作用が働いて、『ちはやふる』の今まで(3巻まで)のストーリーすべてが「恋愛物語」のギミックにされることを恐れたんです。恋愛が悪いわけではありませんが、それが「すべて」ではありません。あくまで主は「ちはやの成長」とかであるべきで、恋愛はあくまで従です。そのスタンスが保たれながら話が進むのかどうかを恐れながら話を読んでいたんです。それでは物語に没入できるわけもありません(「物語のスタンス」を読むために意識の主体は常に物語の外にあったからではないかとわたしは想像している。)。

で、なんでそんな風に思ったかというと、このマンガが「少女マンガ」だからです。もちろん最近では少女マンガだからといって「恋愛」ばかりが物語の根幹をなすわけではありません。しかし、それでも依然と少女漫画では「恋愛」が重要なポジションを占め続けているのは確かです。そのため「……いつくるか……いつくるか……」と「恋愛」が物語の中心に跳びでてくる可能性を否定しきれず不安な状態で物語を読み進めていたのでした。それが原因でした。

だけど4巻以降はその不安は多少払拭された。そのためいままでより物語に没入できた。そういうことだと思います。

あとはスポーツ漫画張りの練習風景や若宮詩幌の存在感もよい方向に作用したのでしょう。

(もちろん不安は完全に払拭されたわけではないけど)次巻以降に期待しつつ続きを待つとします。

2009年8月10日 (月)

昨日買ったもの

昨日書き忘れてました。簡単に書きます。

  • ちはやふる 1~3巻 講談社
  • 王様の仕立てや 23巻 集英社
  • ヒカルの碁 完全版 11巻 〃
  • 鷺見ヶ原うぐいすの論証 電撃文庫

ちはやぶるが面白かった。でも判断は保留。残りの巻を買って読んでみようと思う。

医ゼミ本番 in 信州 開催しました

以前記事にしたかと思うのですが、現在長野にいます。

今日から4日間医ゼミという学生の学習発表会が始まります。今日は開会宣言と顔合わせだけだけだったのでそれほどで学習会という感じでははありませんでしたが、明日から本格的に開始します。

一応『全国医学生ゼミナール』などと名前がついていますが、医療系の学生ばかりが参加するわけではありません。多少でも興味がありましたら下のリンクでも見てください。

ちなみに参加者の大半は(おそらく)普通の思想の持ち主だと思います。たまに偏った思想の集まりだって書かれてますが、行った感じではそこまででもないと思います(多少の偏りはみられることはあるかもしれませんが、それは仕方のないラインという気もしますしね。基本は人と意見を交換し合う場なので、異なる意見には寛容な人も(たぶん)大勢いると思います)。

まぁ、そんな感じです。たまにはこんな近況を書いてみたかっただけです。

……ちなみに本は順調に読んでいます。もう4,5時間以内になんかの記事の感想を書く気がします。出来なかったらスイマセン。

http://www.izemi.com/

2009年8月 9日 (日)

あつかった

同室の人と語りつくしていた。おかげで神のまにまにの感想が進まなかった。

まぁ、それに見合うだけの話はした。信州医ゼミの話から戦争→中国→アメリカ→教育→ある話に対する自分の考え→地元について…みたいな感じで脱線に脱線を繰り返して話をしてました。

こういうのがわたしは好きですね。なんか、話があっちにこっちにグダグダに飛んでくのが楽しいんです。

いやぁ、それにしても熱い人だね○○くん。あんなに多くの引き出しを持っているとは思わなかった。ちょっと驚いた。

神のまにまに 2 読了

03140853_2 天照大御神の分身たるへっぽこと、彼女に愛された男である品部人永が繰り広げる神様 顕現ドタバタコメディ2巻です。

1巻に引き続き素晴らしい出来の作品でした。物語のテンポよし、キャラの立ち良し、登場キャラクターの心理描写良しの作品になってます。けっして派手な作品ではないから一気に人気が出てくる作品ではないけど、地道に細く長く続いてほしい作品です。

今回の結末について

この作品の今回の結末は、神と人間を考えればある意味こうならざる負えない結末の一つでした。なんだかんだいって“時間”というのは神にも人間にもある種の劇薬のようなものです。愛する者を残していかないといけない人間側の苦しみ、愛する者に先立たれてそれを負いながら生きていかないといけない神側の苦しみ。また両者が同じ時間を過ごせない苦しみ(同じように年齢を重ねられないなど)。寄って立つ前提条件が全く異なるため超えきれない(超えるのが難しい)壁が多数あります。それを考えると、この結末も納得かな、という感じでした。さらにいうならば、人間側(一平)の罪と神側(咲姫)の罪の話とかを考慮していくと、この2人が結婚してハッピーエンドになることはなかったんだろうな~とか思いますね。理由としては、互いが互いの罪を見せ合うような状態を幸せといえるような精神状態に(少なくとも人間側は)立っていなかったからですね。

ちなみに裏を返せば、そのような条件をクリアすればヒトと神の垣根は越えられるんじゃないでしょうか?

たとえば有沢まみずさんの『いぬかみ!』なんかはヨーコやなでしこが自分の寿命を調整する方法でその条件をクリアしていましたし、藤原 眞莉さんの『姫神様に願いを』(コバルト文庫)では逆にヒロインであるテンの長寿にカイが合わせる形でクリアさせようとしてました(結局ラストまで読んでないので結末は知らないんですがね)。

ちなみに今回の作品で言えば、そんなことをしなくても解決するような気もするんですよね。ラストの方でククリさまも言っていましたが、神は「一人の人間の存在如きで揺らぐものではない」ですしね(少なくとも本作においては)。となると、問題は人永の方の精神だけかなという気もします。

さて、この作品はどのような形でこの問いに答えるのか?(あるいは別のアプローチを見出すのか)

続巻を楽しみにしています。

追伸 …それにしても、女性の長寿率が高い作品多い気がするな。

追加URL

2009年8月 7日 (金)

さっき買ったもの

  • 神のまにまに!②~咲姫様の神芝居~ 電撃文庫
  • ソードアート・オンライン2          〃
  • 神様の言うとおりっ!            〃
  • 司書とハサミと短い鉛筆          〃
  • アカイロ/ロマンス5             〃
  • 偽りのドラグーン               〃

さっき買った。近くにツタヤがあることが判明。しかも夜2時までやっているらしい。スタバが付属していた。本のレンタルもしてるらしいよとなりには西友がある。

なに?この格差!?うちの大学の傍にも2時までやっている本屋を作ってほしい。

なんか気が重い

疲れてくるとこうなります。何もする気が起きません。3日くらいは寝てたいです。お腹は減っているのに食べるのが面倒くさいです。どうしましょう?

明日ぐらいに回復することを祈ります。

あと1時間してから宿に帰ってラノベ読もう。

這いよれ!ニャル子さん 2 読みました

5195i4xzjzl__sl160_ もはやクトゥルー要素がほとんどなくなってきました。いや、もともとなかったんですけどね。基本的な感想は下に紹介してある皆様とだいたい同意見なので、今回はほとんど付け足しみたいに書くことにします。

真尋よ!にゃる子のどこがきにいらない!?

なんか読んでてそう思いました。あの扱いのひどさはないんじゃない?とか思っていました。

外見は結構いいし(変態した姿だけど)。料理も(妙な食材を使うことに目をつむると)上手。(よく暴走するけど)真尋に従順。

……ほんと何が気に入らないんだろう?ちょっと不思議。条件だけみるとかなりの高物件ですよ。

クー子に取られてしまう前にくっついちゃえばいいのに。

ほんと、そんなくだらないことをグダグダ考えながら読んでました。

追伸1 クー子やばすぎ。悪戯じゃ済まないレベルだぞ、アレ。

追伸2 真尋のつっこみが神がかってきた。ゼロフレーム攻撃のつっこみって無敵だろう。ホント。かれはどこまでの高みを目指すというのか。

追伸3 真尋の両親ってホントに邪神ハンター?この作品どうでもいいところに伏線張るのが好きみたいだし。  

2009年8月 5日 (水)

e-mobile遅い

e-mobile遅いです。しかもたびたび繋がりが切れます。何とかしてほしい。

会長の切り札 軍師ゲームの裏を読め! 読了

51qgs4urt8l__sl500_aa240_ おにぎりの国からおにぎりを広めに来たおにぎり姫は母校の一大事に備え、最高のおにぎりを準備して最後の戦いに向かいます。おにぎり姫の命運やいかに!

ってな感じの物語でした(ウソ……たぶん、ウソ)。それにしても本当にこの作者に関しては書くことがない。基本的に言いたいことは前回の山猫姫の感想と同じなんですよね。「目の前のことに手を抜かない」「一人一人がやるべきことをする」「当たり前のことにこそ穴がある」といういつも書いていることが形を変えて出ています。

まぁ、とても教育的!

基本的にこの作者の考えとか、ストーリーは好きなんですが、キャラクターに作者の考えを語らせるのは少し控えてほしいと思う今日この頃。明らかに説明調のセリフが物語のテンポを崩すシーンがあります。……どうにかならんかな、コレ?

でもやっぱり次も買ってしまいます。私、なんだかんだいってこの作者好きです。

2009年8月 4日 (火)

本が読めなかった

前の記事を見てもらえれば分かりますけど、ほとんど本を読んでません。これから読むかもしれませんけど、今日はこの記事で終わりにしようかと(一応)思ってます。

まあ、おいしい蕎麦食べれたので良しとします。

安曇野ちひろ美術館行ってきた+ぽちのきたうみ 小感想

ちょっと誘われて安曇野ちひろ美術館に行ってきました。

美術館に行ったのなんて数年ぶりです。中学高校の頃なんて地元にいい美術館があって、よく通っていました。東京に出てからは選択肢が多すぎて逆に行く気が起きませんでしたし、今いるところは私のフィーリングに合う美術館やコンサートホールがありません。なんでピアニストとかバイオリニストのいい人連れてこないんだよ○○!という気分ですね。今度もう一回検索してみよう。もしかしたら今度こそいい人来るかもしれないし。

……それで、ちひろ美術館のことですが、正直かなりいい場所です。周囲は自然に囲まれていて多くの家族連れがのんびりしていましたし。美術館は高校生以下無料。学生は一人700円で、出入り自由。中には無数のいわさきちひろの絵と世界各国の絵本画家さんの絵などが飾ってあります。読書室には絵本画家さんごとの分類がしてあり、その絵本を自由に閲覧できます。

個人的にはいわさきちひろさんが挿絵を務めた「ぽちのきたなつ」が大好きですね。なんかあの話を読んでいるとセンチメンタルな気分になってしまいます。

いつかぽちと女の子が(死に)別れてしまうんだろうな~とか思いながら読んでいました(そんな読み方するのあんまいないかもしれないですけどね)。すると物語中のぽちがやってくるとてもうれしい部分がとても貴重な一瞬に思えて琴線に触れてしまいましたね。

大人になってあらためて絵本を読み返してみるのも楽しいです。

追伸

帰りによった「くるまや」という蕎麦屋がおいしかった。

学校の階段10巻 読みました

51v2c0zxhl__sl500_aa240_ 学校の階段10巻読み終わりました。

正直神庭君と健吾君の言っていた「先」がなんだったのかはわかりませんでした。いや、なんとなくわかる気はするんですよ。だけど上手くことばに出来ない気がするんですよね。自分の学生時代(今も学生だけどね)を振り返ってみると「ああ。たしかにそんなかんじはあったな」という感覚はあります。ただそれがこの物語の「衝動」かというと、あまりに主観的すぎてやっぱりことばに出来ません。やっぱり、あえていうならこの帯にある「青春の無駄足・暴走」でしょうか。

ただそう考えると、個々人でこの「衝動」の感覚は違うんじゃあないでしょうか?もしかすると神庭君と健吾君の「衝動」もちがうのかもしれませんね。ただ似ていただけかもしれません。

この小説を少し考えてみると、読む人それぞれの経験に強く立脚するものなんじゃあないかなという印象があります。もちろん小説や映画、その他多くのものは自分の経験を土台にして理解されます。しかしその中でもとくに読者の感性に依拠している作品なのかもしれません。だから、自分に当てはまる経験がない人はこの作品に魅力を感じないこともあるかもしれない。また経験のある人もその経験によっては強い嫌悪感を抱くこともあるかもしれない。

自分を映す鏡のような作品。そんな小説だったのかな、という印象を抱きました。

ちなみに私は面白いと感じました。もちろんモヤモヤする部分はあるけど、作品やキャラクターのもつ「勢い」や「熱」にあてられる感じでした。最近ではこういう作品はあまり目にしなかったので、作者はこの感覚を大事に育ててほしいなというのが僕の感想ですね。

とにかくこれで学校の階段はおしまいです。作者の次の作品に期待しましょう。

2009年8月 3日 (月)

昨日から今日にかけてやっていたこと

ちょっと移動に時間をとられていたのできのうはなにも書けませんでした。

ちょっとおおまかにきのうからきょうまでの流れを記述してみます。

8月2日午後 戦時中に生体解剖をしたというある先生のはなしを聞きに行く。その後なんやかやあって11時半に帰る。

8月3日 朝にレポート仕上げる。後にパスポート申請。つづいてレポート提出。長野に移動。ホームに24時間いれず。信州医ゼミに合流。現在に至る。

2009年8月 1日 (土)

fateの映画化について

fateが映画化するそうです。先ほど友人と世間話をしたときに

私「(映画)どんなになると思う?」

友人「さぁな、わからん。」

私「だいたい2時間でおわせるのか?無理だろう。最初から何人か倒しておかんと(話の)決着つかんぞ。」

友人「まずキャスターと小次郎は倒しておかんとな~(笑)」

私「というか話の筋が分からないととばせるキャラも違ってくるよな~」

友人「あえて桜ルートに挑戦してくれたらオレは映画を評価する。イリヤルートでもいいけどな。」

みたいな会話をグダグダしてました。

……黒歴史にならないことを祈る。

ねむい

疲れが一気に出たのか眠い。「ケモノガリ」の感想を無理に切り上げてしまった。一度よく寝て、あとで付け足すかも。

もう寝る。

ケモノガリ 読了

Img047 才能ってなんでしょうね。

これを読んで思ったのがそれです。正直「殺戮の才能」って云われてもあまりピンときません。一言「殺戮の才能」ってくくりにしても、それを構成する要素は複合的なものです。身体能力にしても単一の物ではありません。筋力、持久力、柔軟性 etc。これらの総合が「身体能力」であり、「殺戮の才能」の場合これに加えて判断力、決断力、思考能力 etcと様々な要素の混合で成り立っています。

「何をやっても普通かそれ以下の少年」が「殺戮」という限定の場合のみで「すべて最上級」になるなんてことはないと思います。それをいうなら「サッカー」のときだけすごい力を発揮してそれ以外では並みの人や、「食べる」ためには何事もなしてしまう人間なんかも考えられますが、たぶんそれはないんじゃないかと思います。サッカーで足が速い人は陸上で走っても早いだろうし。いくら「食べる」ためでも、身体能力がなければ陸上の世界記録を超えることはないはずです。

たとえば人間をハードとソフトに分類して見ましょう。どんなに優れたソフトでもハードがしっかりしていなければ動くことはありません。この小説の場合「ソフトが才能、ハードが肉体です」。そして「才能」というギミックを用いても、この「ハード面(肉体)の弱さ」を説明したことにはなりませんし。

この点に引っ掛かりました。

ただそれを除くと「これどこのバトルロワイヤル?」「夢枕漠の作品かよ!」という感想もでてしまいますが、結構面白かったです。というかむしろそこがいい!

て、ことでこれの感想はそろそろ終わり。もし付け足すことがあればまた書きます。

(追加)

昨夜は眠かったのでいくらか書けなかったこともあると思うのでちょっと書き足しをしておこうと思う。

この作品で驚いたのは、その中身と読んで受ける印象である。話はかなり陰惨な内容であり、読んでいてつらくなるはずの描写が多くあるのに読んでみるとそんなことは全くない。どちらかというと清々しく読みやすい作品に仕上がっている。これはこの作家さんの力量である。しかし(良い悪いは別にして)「ああ、ゲーム作家だな」という文体も感じられた。

で、主人公キャラクターについて言及し忘れていたので少し書き足すことにする。

赤神楼樹:物語の主人公。自分だけの才能を探している。物語中で自分の才能が「殺人」であることを自覚。以降不思議なほど能力を増大する。

所感:結果としてあのような結末になったのは当然のことではないかと思う。少なくともあの世界観では「今まで通りの普通の生活」を送るのは無理だし、読者もそれが出来るとは思ってなかっただろうなと思う。最後の決別や、エピローグの幻想などのシーンは確かによいシーンだった。主人公の決意と決別、失ったものの大きさがきちんと書かれてあった。これから話がどう進むのかは分からないけど、そう簡単に彼は幸せにはなれないだろう。仮に幸せ(何が幸せかは分からないけど)になれるにしても、またいろいろ大事なものを失って別の物を得るんだろうな~とか思いながら見ていました。

参考URL

終…わった~!

昨日は何やかやで疲れたので何も書けませんでした。残念。

これから何か記事書く。

とにかく今日で東洋医学研究セミナー終了しました。まだちょっと用事があるからもう少し東京の方にいます。

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