あー、またお久しぶりです。てれびんです。
毎回お久しぶりなので、うん、恒例の挨拶みたいになっています。
こんかいはザ・インタビューズでちょっとおもしろい質問を受けたので、それの解説の意味を込めて書いてみようかな、というお話です。
そのしつもんがコレ
Q.どんな方法でストレスを解消していますか?
ぼくの答えは結構シンプルで、つぎのように答えています
寝ます!寝てしまえばなんとかなりますっ!
もう自分のキャパシティ超えたものは、ムリなのだからムリと考えます。諦められるものは諦めましょう!
それでもどうにかしたい場合は、冷静になって周囲をよく見ましょう。運が良ければ、時間稼ぎができます。そこからブレイクスルーを探しましょう!
冷静になるためにも、寝るのが良いです。
時間がないときは、短時間でいいので物事の分類に努めましょう。
最悪出来なくてもなんとかなるもの、誰かにお願いできるもの、意地でもやるべきもの、やりたいものを分けて来ましょう。
これで相当ストレスは減ります。
ちなみに想定できる上で最悪の数歩先の出来事を考えて、覚悟決めればなんとかなります(^-^)/
そんな感じかな?
この答えがいったいどういう思考過程の上で答えているのか。それを記述しておくことは多少なりとも意味の有ることだろうと思って、ちょいと解説させてもらいたいと想います。
思考の前提として考えるべきもの
問にはそれの前提とした仮定を置かなければなりません。
ぼくが今回かんがえたのは
なんのためにストレスを解消するのか?
ということです。
この前提に立たない限り、読み手の皆さんとぼくのあいだには思考のおおきなずれが生じてしまいかねません。
だって、ただストレスが在ると不快だから質問した、という方からしてみればぼくの答えは「???なんかへんなこたえかたをしているな~」ということにしかなりません。
それは前提が異なるからです。
ただストレスを解消するのが目的なのか。あるいは、さらなる目標のためにストレスを解消しなくてはいけないのか。
ぼくの場合は後者ですね。
つまり「ストレスによって人生のうえで選ぶべきではない選択肢を選ばないようにするために、ストレスを解消、もしくはコントロールする手段」という前提での解答です。
もともとストレスをコントロールできているひと、選択肢を過たないかたはこのさきを読む必要はないと思います。
なぜ寝る必要があるのか?
正直ねる必然性はあるっていえばありますし、ないっていえばありません。
前提でお話ししたように、「選択肢をミスらないくらいにメンタルコントロールできている」ならそこで選ぶべき選択肢を選べばいいと思います。
兵は神速を尊ぶなんてことばも在るくらいです。はやさが優先している場合はねている場合ではありません。
それでも寝る必要があるひとたち
あるいみ「早い決断がいいんだっ」って場合はストレスはすくない方です。
勿論別種のストレスはかかるのですが、「やるべきこと」が見えているときのストレスはまた次の機会にでもはなしをしたほうがいいかもしれません。まぁ、このブログのどっかに、端々がころがっているから書く必要を感じないってのもあります。
これは医学的とかとは関連のない、ぼく個人の感覚ですが、ストレスもある程度分類して考えるといいでしょう。
ひとつは、今言ったように「やるべきことがみえている」ストレス。かる~く書くと、こういうストレスは「耐える」とかでしか対処ができません。いくつかの対処法としては環境を利用ってのがてれびん的結論ですね。うま~く、環境を作り上げるように腐心して下さい。
ふたつめは、そしてこれが今回の主眼となるストレスですが、「なにをしていいかわからない」ときのストレス。こんかいのばあいは正確に言うならば、ストレスのせいでやるべきことが見えなくなってしまうケースの話です。こういうひとは選択肢をミスってしまうことが多いです。
注)ちなみに言っておくと、メンタルコントロールをしっかりできているひとでも選択肢のミスなんてのはざらにあります。ないやつはすごいです。尊敬しますっ!
(閑話休題)
しかし、ミスといってもそれは「致命的なミス」の確率が低いミスです。リカバリーのききやすいミスというかね・・・(とはいえ、あいてはにんげんだったりするので、冷静でもミスる時は超ミスりますけどねっ)
ただ、「リカバリーをきかさないといけない」「なんとかしないといけない」致命的な状況でわーわー騒いでなにも考えられない、そういうストレスによる混乱状態を避けるためのひとつの手法だと思って下さい
こういう混乱状態に陥りやすい人は寝て下さい。じぶんのなかで処理できない問題なのですから仕方ありません。いったん時を置くのがベストな解決方法のひとつです。
寝る時間がない人達
でもなかには寝る時間がない人もいます。あ~、おつかれさまです。
あるいは混乱が行き過ぎて寝られないとかね。
そういうひとたちにすすめるのは
客観的視点を取り入れる手段を確保しておく
とかですね。
・・・とはいえ、可能ならばストレスをコントロールしきれないひとはあまり上に行かないほうがまわりのためかもな~、なんて思いもあります。メンタルコントロールがしきれなくてでも寝る時間がないので決断しなきゃ・・・って状況、うん、ヤッバいんじゃないかなぁ(苦笑)
もちろん完璧なコントロールなんてのはできなくても、ギリギリの均衡点を保てるくらいのコントロールはできるようになってほしい。さいあく次に書く「最悪の事態を想定して」「諦める」くらいのメンタルコントロールは望んでもいいと思います。
だから、それが出来ない場合はやっぱり寝て下さい。(結論)
だれかに放り投げるって選択肢もあるっちゃ在るんですが、そこそこの迷惑を超えて、「相手を引き摺り落とす」レベルは避けたいよねって思います。そういう最悪のうえにヤバい事態がおこるときは、、、ドウシヨウモナイカナ。。。
きっと巻き込まれた個人の能力に依存することになります。ガンバレッ、巻き込まれた人っ!って状況が想定されます。避けて下さい、としか言えない気がする(~_~;)
まぁ、そういう状態を超えて、ギリギリの平衡点を保っている偉い人は「可能な限り捨てていいものを『自分で』分類してみる」とか「そのうえで最悪な事態を想定して、心底ヤバイ場合に陥ったらどうしようと考える」ということをして下さい。「人に相談して分類してもらう」とかも、適度なレベルで重要でしょう。
そのうえで「諦める」!
最悪の事態がまぁまだ許容できるレベルだった場合諦めればいいだけのことです。
「最悪はこのレベルさ」
それは、そこそこの余裕を生みます。
思い切った決断ができるのでつよいです。
てれびんがたま~につかうのはこういう思考方法ですね。
めんたるとれーにんぐ
書いていると表題と内容が微妙にずれてきた気がするてれびんです。・・・まぁ、いいや!このまま進みましょう(思いつきで書いているのですよ、これ)
いちおうこの記事はザ・インタビューズの質問にたいする答えの解説ということになっています。
そういう意味では上記の内容でだいたい答えたんじゃないでしょうかね?
つまりは
冷静じゃないくらい精神が圧迫されている
→
- 肉体(脳)の機能にまかせて処理してもらおう(時間かかる)
- 時間がない時などは(理性をギリギリ保てている人は)、「分類」「諦める覚悟を決める」などといった想定をして先を見据えてしまう
といった方法を取りましょう。
そういうはなしでした。
でも、1と2にはいくらかの開きがあります。
1は時間に余裕がある人、もしくはメンタルを全くコントロール出来ない人用(むしろこっちメイン)
2は多少なりともメンタルをコントロール出来る人
2の訓練が足りないため、1と併用する人も相当いるでしょうが、本来的には1は補助機能です。2のひとが「あ~、これじゃ脳のスペース足りねぇな(もうちょい欲しいな)」って場合に用いる手法です。
でも、致命的なまでに2に至らない人はどうすればいいのか?
(まぁ、そんな人がいるのかという疑問がある場合もあるでしょうが、在るとしましょう。それこそ、個人的には小学生とかでやってもらいたい方法ですしね)
ある一定の条件の場合を除いて、基本的には訓練でなんとかなるとてれびんは思っています。
その方法はシンプルに言うならば
自分の選択の理由を常に自問自答する癖をつけてしまう
という方法です。
たとえばふたつの道があったとします。じぶんはなんとなく右の道を選んだけれどなんででしょう?思いつき、なんとなく?そうかも知れません。でもそういう発想にも理由がきっと在るはずです。思考を繰り返していきましょう。
かつての経験はどうだったでしょうか。木の本数は。道の状態は。
そういうことを一個一個考えて納得できる理由を見つけて行きましょう。
しかし、それだけではもったいないので、更に一歩進めて
どうして自分はその理由で良しとしたのか?
なども考えていって下さい。
そのうち自分の性質、それを構成する由来、あるいは分解できない「何か」が出てくるはずです。そういうものを見つめていけば、いつの間にかメンタルは強くなっているでしょう。
今回は道を例にしましたが、それこそ
こういう状況で自分はどうしたらいいのだろうか?
なんで失敗したのだろうか?
コイツに反感を持つ理由はなんでだろう?
そういう選択肢を撮りたくない理由は?
などと無数に疑問はあります。そしてその多くは最終的に、あるいははじめから精神的な自問自答だったりします。
ぼくはこういうことを小学校5年生の頃から最低1年間は毎日やったのですが、そのときの経験を元に話をするならば
「グルグルしてしまう疑問に対してはいったん『コレっ!』とこたえを仮に出してしまうのがいいだろう」
という思いがあります。
その選択肢を取ると選んだ時に自分に湧きおこる「いやだっ」「おっけー」などという感情を更に分析していくといいです。
それで最低限のめんたるとれーにんぐはできると思っているんですが、うん、どうでしょうかね?
追記
中学校1年だか2年の頃に、何の因果かはじめて「ソクラテスの弁明」を読んだのですが、あれには感動しましたね(たしかブックオフで買ったんだよ)。自らの意志の選択に従う理性への敬意でしょうね。

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ほんとは書いておかないとな~って本たち(微妙にこんかいの話にからむか・・・な?)
これは5評価レベルです。いやー、超いい話です。
いや~、人間ってすばらしいよ~
新名がマジでいい子!2巻まで通してみると、素晴らしいです!!
あーー、書いてて気づいた。新名の精神性が、今回の話につながっているわ~
2巻のはなしで感情が揺れても、その選択肢を選ばない彼女が好きですね~
これも5評価
やっぱり主人公の女の子が素晴らしくてね~
彼女の凄さについてはいつか書かないとな~
蒼海訣戰の巫女姫からの視点だと思ってもらえるとわかりやすいです
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